なぜあなたは孤独なのか、人生とは・私とは何なのか、なぜ戦争が起こるのか、死ぬとどうなるのか。「教団X」の読書感想文

どうも、白戸です。
突然ですがみなさん、
- 「戦争はなぜ起こるのか」
- 「死ぬとどうなるのか」
- 「人生とは、人とは、私とは何なのか」
- 「あらゆる運命はビッグバンが起きた瞬間から決まっているのか」
- 「なぜ自分はこんなにも孤独なのか」
という重めのテーマについて、考えたことあります? ありますよね? そういう気分の時ってありますよね?
私はつい先日、甥っ子の足音と奇声に耳をふさぎながら部屋の隅で体育座りしてる間に、孤独について、人生について、死について考えました。最悪でした。
15時を過ぎたあたりで「ダルいし何もしてないのにすげー疲れたので眠っちまおう」と手に取ったのが中村文則先生の「教団X」。
いやぁ…震えました。結果的には全く眠れなかったですが、読んで良かったです。
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自分の家で疎外感を感じたことってあります?
私は子供の頃から、家族からつま弾きにされていると感じていまして(実際はどうだったかというより、自分の感じ方の問題です)。まぁ今もなんですけどね。まさにジャストナウなんですけれども。それはいいとして、とにかく成長してからも、学校でも職場でも、どこへ行っても「所属できない自分」、「孤独」にずいぶん悩んできました。
「わたしも!」と挙手したぼっちの人にはもちろん、死ぬこととか考えちゃう人、毎日なにをしても満たされないと感じている人には、絶対に読むべきとゴリ押ししたい本。それが「教団X」です。
まじヤバイから。ゴリ押しとか普段はしない私ですが、今回ばかりは「読むべき」と言い切ります。これで800円とか安すぎる。
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疎外感。「弾かれている」という感覚
孤独とは私にとって当然のことであり、悩むことではなかった。世界から弾かれている者が見る景色にしては、その有り様は耐えられないものではなかった。
弾かれている、疎外感、孤独というのは当然のことであって、悩むことではないのです。人はどうせひとり。自分のことを自分以上に考えている人間は存在しません。
あなた自身、自分のこと以上に真剣に考えられる人っていますか? もしいるならあなたはものすごく優しいし、幸せで、強い人だと思います。マジで、素直にすごいと思います。わたしにはとても真似できないです…
わたしのように、自分のことでいっぱいいっぱいな人もいらっしゃいますよね。でも、別に悪いとか劣ってるとかではないと思うんです。その時の気分とかタイミングもあると思うし、、、
というか、自分が一番大切、で当たり前ですよね。自分の人生にとっての主人公って自分なので。
人生という長いスパンで考えた時も、他人とは出会ったり別れたり、関係が深くなったり疎遠になったりしますが、自分とは別れることはできませんからね。
恋をして相手のことばっか考えちゃう(ハートマークw)、子供や孫が生まれて子供や孫中心の生活になる(ハートマークw)、という時期はあるかもしれませんが、まぁ、大抵は一時的なものなのかな、というのが私の結論です。
確かにあの時も、世界は私に無関心だった。私の身体が飢えで衰弱していくことに、部屋のドアも、電気が止められて動かないテレビや暖房器具の形をした鉄達も、椅子の形をした木達も、私に無関心だった。壁に近づき頰を触れる。微かに冷気を感じた。今、壁は、私に冷気を与えている。ということは、壁は、私に、無関心ではない。いや、しかし、そうだ、壁は、私の死を、大したことだと思っていない。
世界はあなたの死すら、大したことだと思っていません。自分にとって、自分の命、自分の人生を揺るがすモノは最も重要度の高いことですが、世界(つまりあなた以外の物理的存在)は、あなたがどうなろうとどうだっていいのです。あなたも、世界がどうなろうと自分と自分の見えている範囲に影響がなければ、大したことだとは思わないのではないでしょうか。アフリカで内戦が起こって罪のない人が100人死ぬことよりも、自分の鼻にできたニキビの方が重大問題なのです。もちろん、一部の英雄的な人は例外ですが。
要は、
世界も自分も、案外ドライ。
「そんなもんなんだー」って思うと、「自分は世界にとって重要な存在であるはず」みたいな根拠ゼロの妙な期待が消えて、ちょっとホッとしませんか。
「人間」とは何か、「私」とは何か
人間という存在は、「自分が死ぬことを知っている意識」であり、さらに、過去から現在の膨大な原子の絶え間ない流れの中で、その空間の中で、一本の道の上に存在しては70〜80年ほどでの消滅を繰り返している存在です。
「人間」とは、言いかえれば、過去から現在の膨大な原子の絶え間ない流れの中にうかぶ物語です。そして「私」とは、別の層からその物語を観る観客ではないだろうか。
「死」は怖くない
「自分が生まれる前のことを考えるといいよ」(中略)「そこには何もないだろう? 何となく安らかな感覚すらある。さらに眠っている時のことも考えるといい。眠ったまま死ぬことがあれば、それはもう自分が死んだ自覚すらない。死とは自然なことなんだ」
なぜ戦争は起こるのか
人々は自分の卑小さを忘れることができ、大きな「大義」を得ることで、自分の人生を自分で考えなければならない「自由」という「苦労」から解放された。
多くの人が大学入試を受けたり、就活したり、会社の創業者の演説にウットリする原因でもありそうだなー、と思いました。
私はいまフリーランスのシステムエンジニアとして仕事(起業家っぽく言うとミッション)を他人から与えられている立場ですが、その前は会社作ったり自分で好きな事業を始めようと四苦八苦してた頃もありまして。
その頃の経験から言うと、自由に、なにやってもいいよって生き方は、すごい大変でした。
なにが一番大変かと言うと、お金を稼ぐ云々ではなく、「これをやり続けて、本当にいいんだろうか?」「これってなんの意味があるんだっけ?」みたいな迷いと戦わないといけないこと。
自由気ままで良いじゃんって言う人もいますが、実は、言われたことだけやってるのって、めっちゃ楽です。実際、いまは週6で働いてますが、精神的にはめっちゃ楽です。
拘束時間が長いとか仕事が大変とか物理的な苦しみはあるかもしれませんが、この答えの出ない迷いに延々頭を悩ませる苦痛に比べたら断然マシですね。
私は人を雇わなかったですが、これで人を雇ってその人の面倒も見なきゃってなったら死ぬほど大変だろうし悩むだろうなーって思いました。だから会社の創業者ってすごいなって思います。
恐らくこのシンクタンクが黒幕でもない。特定の業界が今回の出来事を動かしているのでもない。つまりは、複数、黒幕達がぼんやりいるということだ。様々な業界、国内外問わず様々なグループからの要求が重なり、その全員が何かしらの利益を得るために出来事は起こる。
何をしても満たされない
有力な会社、肩書、何でもいい、自分を納得させるものが欲しかった。それが手に入らずただ年月だけが過ぎていき、次第に、自分の内面の芯のようなものが歪んでいくのを感じた。こんな社会は潰れてしまえばいいはずなのに何もできなかった。通り魔というケチな犯罪はさすがにしたくなかった。部屋の中でじっとしていた。世間を呪いながら。
家に引きこもってるとこういうこやと考えがちですが、そういう時はヤバイ宗教に入る前に、おいしいもの食べて自然の中を散歩でもしましょう。
教団X、誰が読んでも「満たされる」本
さて、当記事ではほんの一部を抜粋しながら私の拙い読書感想を添えてみましたが、こんなもので満足しないでください。「教団X」は、買って通読すべき本です。なぜなら、誰もが一度は考える普遍的なテーマである
- 「戦争はなぜ起こるのか」
- 「死ぬとどうなるのか」
- 「人生とは、人とは、私とは何なのか」
- 「あらゆる運命はビッグバンが起きた瞬間から決まっているのか」
- 「なぜ自分はこんなにも孤独なのか」
という疑問すべてについて、明確なひとつの答えが載っているから。つまり、すごい本なのです。
ぼっちの人にはもちろん、死ぬことが怖くてたまらない人、毎日なにをしても満たされないと感じている人はもちろん、日々ハッピーにお気楽に生きている人にも、買って読んでいただきたい本。
こういう人生を変えるような本ってなかなか出会えないので、是が非でもと記事にしました。
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それでは!