【会社行きたくない】読み終えたら辛すぎる人生がマシに思える率100%!夜と霧に学ぶ “強制される” ということ【心理学】

カテゴリー 読んでよかったレベル20以上の本たち

どうも、白戸です。

 

連日の真夏日ですね!こうもどんよりジトジトして、しかも今日が月曜日なことを考えると

「会社行きたくない」

「人生が不幸すぎて辛い…」

「楽しいことがひとつもない」

とベッドから出られない方も多いのではないでしょうか。

母(58歳)もテレビの前で抜け殻になって「暑くてだるくてなんにもやる気が起きない」とボヤいてました。母とは意見が対立することが多いのですが、今回ばかりは珍しく100%同意です。

そして畳み掛けるように、先ほど平成30年度の「市民税・県民税の納税通知書」が届きました。自分的には目ん玉飛び出るような額でびっくりしました。あぁー、、、働きたくない。

 

しかし個人事業主である私はそんなことも言ってられないので、負のエネルギーをエンジンにくら〜い気持ちを払拭すべく、今回はこちらの本をご紹介します!

実はNHK「100分de名著」でも紹介されたほどの名著なのでこのブログの読者には読んだことがある方も多いかもしれませんね。

 

ちなみに母にこの本を渡すと「あー、、、はい。あとで読むから置いといて」と華麗にスルーされました。たぶんあまりしつこく勧めるとキレられるので、これ以上ヤイヤイ言うのはやめておきます。

 

ユダヤ人心理学者によるナチス強制収容所での体験記

「夜と霧」は、著者ヴィクトール・E・フランクル(1905-1997)という精神科医であり心理学者によって1946年(強制収容所が解放されたのは1945年)に出版された、ナチスの強制収用所における体験記です。

強制収容所…

ヴィクトール・フランクルはウィーン大学でかの有名なアドラー、フロイトに師事して心理学を学び、その後はウィーン大学精神科教授とウィーン市立病院神経科部長を兼任していました。

つまり、精神科医としてだけでなく、脳外科医としても非常に有名な大先生だった人なのです。

 

この大先生が、強制収容所での自らの体験記というだけでなく、心理学的な考察も加えて出版したのが当書「夜と霧」な訳です。

番号「119104」という被収容者が、「心理学者として」強制収容所で経験したことを記述しようとする今、まず心に留めておいてほしいのは、言うまでもないと思うが、この被収容者が「心理学者として」強制収容所で働いていたのではない、ということだ。

(中略)

わたしはほとんどの期間、土木作業員として、あるいは鉄道建設現場の重労働者として働いていた。ひと握りの運のいい同僚が、いくらかでも暖房のきいた診療棟で紙の包帯を作っているあいだ、たとえばたった一人で道路の地下に下水用暗渠を掘っていた。

出典:夜と霧

「強制収容所の生き残り×めっちゃ高名なユダヤ人心理学者」というレアな人が書いたレアな本なのです。

 

体験者が語る、アウシュビッツ強制収容所という場所

アウシュビッツ、というか強制収容所についてあなたはどれくらいご存知でしょうか。

ガス室とかカポーとか、断片的な言葉は知っていても、あまりにも普段の自分たちとはかけ離れすぎていて、具体的なイメージって意外ともってないんじゃないでしょうか。

本書「夜と霧」を読むと、すごく生々しく、かつアカデミックに収容所生活における被収容者の心理状態を観察することができます。

では行ってみましょう。

ステージ1:収容

アウシュビッツでは、被収容者は到着するとすぐ、持ち物をすべて取り上げられ、身分を証明するものをいっさい失う

出典:夜と霧 新版

一人ひとりはまさにただの数字であって、事実、移送リストには被収容者番号しか記入されない

出典:夜と霧 新版

新入りは、往々にして便所掃除や糞尿の汲み取りを受け持つ作業グループに配属された。

糞尿は、でこぼこの地面を運んで行くとき、しょっちゅう顔にはね返るが、ぎょっとしたり拭おうとしたりすれば、かならずカポーの一撃が飛んできた。労働者が「上品ぶる」のが気に障ったのだ。

出典:夜と霧 新版

 

ステージ2:収容所生活と感情の消失

そちらを見ると、仲間が何度も地べたに殴り倒されていた。立ち上がってはまた殴り倒される。なぜだ。

その男が熱を出したからだ。それがゆうべのことだったので、期限内に熱を処置してもらうことも、病気を報告することもできなかったからだ。そして朝になって、所外労働に出なくてすむよう、病気届を出してもらおうと無駄な試みをしたために、今、罰を受けているのだ。

出典:夜と霧 新版

十二歳の少年が運び込まれた。靴がなかったために、はだして雪の中に何時間も点呼で立たされた上に、一日中所外労働につかなければならなかった。その足指は凍傷にかかり、診療所の医師は壊死して黒ずんだ足指をピンセットで付け根から抜いた。

出典:夜と霧 新版

見ていると、仲間がひとりまたひとりと、まだあたたかい死体にわらわらと近づいた。ひとりは、昼食の残りの泥だらけのじゃがいもをせしめた。もうひとりは、死体の木靴が自分のよりましなことをたしかめて交換した。三人目は、同じように死者と上着を取り替えた。四人目は、(本物の!)紐を手に入れて喜んだ。

出典:夜と霧 新版

 

ステージ3:解放

ある朝、収容所のゲートに白旗がひるがえったあの時点から語り起こしたいと思う。この精神的な緊張のあとを襲ったのは、完全な精神の弛緩だった。

わたしたちが大喜びしただろうと考えるのは間違いだ。

出典:夜と霧 新版

解放された仲間たちが経験したのは、心理学の立場から言えば、強度の離人症だった。すべては非現実で、不確かで、ただの夢のように感じられる。にわかには信じることができないのだ。

ここ数年、頻繁に、あまりに頻繁に、わたしたちは夢にもてあそばれすぎた。自由に動き回れる日の朝が明けることを、どれほど夢に見たことか。

出典:夜と霧 新版

解放後も被収容者たちは、感情が鈍磨しすぎていて何も感じられなかった、ということらしいです。

 

でもちゃんと救いはあって。

私がこの本で一番好きな一節。

解放後、何日かたったある日、あなたは広い耕作地を超え、花の咲き乱れる野原をつっきって、収容所から数キロの小さな町まで歩いていく。

あなたは雲雀があがり、空高く飛びながら歌う讃歌が、歓喜の歌が空いちめんに響き渡るのを聞く。見渡すかぎり、人っ子ひとりいない。あなたを取り巻くのは、広大な天と地と雲雀の歓喜の鳴き声だけ、自由な空間だけだ。

出典:夜と霧 新版

ここだけ二人称で書かれているのは、著者ヴィクトール・E・フランクルが我々読者に向けて「自由とはどういうことか」を伝えたい、つまり、「あなたは自由なんだよ」ってことを思い出してほしいという願いが込められている気がします。

長くなっちゃったので続く!

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