無言の父と小言の母 〜 “小言” は長期的な人間関係における必須ツールである〜

カテゴリー 卑屈で塗り固めた深夜の本音トーク

どうも、小言小町.com管理人の白戸です。

 

身近にうるさく小言を言う人がいていい加減うんざりしている。

なぜどうでも良いことをイチイチ指摘して人を不快にさせるのか、理解不能。

小言を聞くと怒りで世界を滅ぼしたくなる。

この記事を読んでいるあなたは、少なからず誰かの小言に悩まされているか、もしくはあなたご自身が小言を止められずに悩んでいるか、もしくは「発言小町に投稿するような主婦にだけはなりたくないと思っていたのに」と愕然としている主婦の方のいずれかでしょう。

 

いずれにせよ、あなたは小言を ”ネガティブなもの” として捉えているのではないでしょうか。

 

確かに、小言には言われすぎると相手との関係を悪化させるネガティブな側面も含まれています。しかしそれ以上に、小言は人間関係に良い影響をもたらす効能を持っています。

小言は、聞く側にとっても言う側にとっても、必ずしも「悪」ではないのです。

 

小言って、実はすごい重要なのでは?

なぜそんなことを思ったのかというと、今日の昼間、父と家に二人きりだったからです。あまりこういうケースはないのですが、母が用事で外出しており、午前10時〜午後15時まで父と二人でした。

いやぁ、、、なんか、疲れました。

自分でも驚いたんですが、リビングでテレビの前から微動だにしない父の横を通り、コーヒーを汲みに行くのが億劫で億劫で。。。「おはよう」すら、なんか言うのにエネルギーがいるというか。

うまく言えないんですが、私がリビングに現れると、父が緊張するのがなんとなく伝わってくるみたいな。で、私も緊張するし、お互い何か言葉を探しているような気がするんだけど、話すことが何もない、的な。

 

なんでこんな変な感じになるのか、父と母の違いは何なのか、と考えてみまして。

すぐに思いついたのは、父は普段、仏像並みにサイレンスな男であり、母は壊れかけのレディお並みに小言でもなんでも休みなく喋りまくる女であるということ。

 

つまり、話しすぎたら話すことがなくなるんじゃなくて、普段から話さないから、話すことがなくなるのではないかと。

 

ニュースでも身近な出来事でも、生きていれば話題なんていつでも無限にあります。問題は、話題の有無ではなく、話しやすさなのです。

 

 

無言の父、小言の母

どっちも嫌ですが、それはさて置き「どちらの方がコミュニケーションが取りやすいか?」と考えた時、あなたはどちらだと思いますか? (父母は逆で、無言の母と小言の父でも構いません)

 

多くの人が、無言の父よりも、小言の母の方がコミュニケーションは取りやすいはずです。

 

小言を言ってくるということは、こちらのアクションは「言い返す」もしくは「素直に謝る」のどちらかです。対して、無言の相手に対するこちらのアクションは「(久々に)話しかける」になります。

一般的に、アクションを自分から起こすよりも誰かのアクションに対してリアクションする方が、はるかに楽です。

「話しかける」という場合、アクションの起点が自分になる上に、特に話題もなく、かつ久しぶりであるというオプションまで付くと、もう、、、ハードル高い…ってなります。話題を考えて話しかけるタイミングを計り、すんごい創造性の発揮が必要です。気が重いです。だったらもういいやってなります。

 

どちらも実行可能で、どちらか一人に頼みごとをしなければならない場合、ほとんどの人が普段から小言を言ってくる方(この場合だと「小言の母」)に頼むと思います。

 

人間は、”不快”よりも”不安”の方を嫌がる生き物

多くの人が仕事の愚痴を言いながらも会社を辞めないのは、仕事で上司にネチネチ言われる”不快”よりも、仕事を辞めたら路頭に迷うかもという”不安”の方が勝るからです。

誰でも、ゴチャゴチャうるさく言われるのは嫌です。しかし、何考えてるのかわからない、何がしたいのかわからない人間が身近にいるのは、もっと嫌なのです。

これは、今日わたしが身をもって実感したことです。

 

小言とかチョーウゼーって思ってましたが、改めて考えると、小言を言う、言われる関係というのは、相手との距離がとても近い証拠でもあります。

小言とは、書いて字の通り、「小」さいことを「言」うことです。初対面の相手に、いきなり小言をブッこむ人はいません。電車で、前に立っている人のズボンからシャツがはみ出しているのを見て「アラアラ、だらしないわね〜シャツしまいなさい」といきなり指摘する人はいませんよね。

これは、その人がだらしなかろうがセーラー服を着たおじさんだろうが、どうでも良いからです。どうでも良いのは他人だからで、他人というのは、長期的な関係を築く対象ではない人たちのことです。知人でも友人でも愛人でもなく、他人なのです。

 

そう考えると、小言を言ってくる人は「あなたと長期的な人間関係を築きたい」と思ってくれている人なのです。あなたが小言を言う、言ってしまうのは、「相手と長期的な関係を築きたい」意志があるからです。

逆に、普段から何も言ってこない、というのは一見静かで良い気もしますが、つまり心の距離が遠いということです。小言を言ってくる人と比較すると、あなたのことを「どうでもいい」と思っている可能性が高いと言えます。

 

小言は “震度3の地震” のようなもの

地震で考えていただけるとわかりやすいと思います。

震度3程度の小規模のものが10回起きるのと、震度8の大規模のものが1回起きるのとでは、地震によって発生する総エネルギー量は同じでも、被害は天と地ほど差が出ます。

前者は被害もほとんど出ませんしニュースでとりあげられることもありませんが、後者は死傷者多数の甚大な「大震災」となります。

 

地震は大陸同士の摩擦によって発生しますが、人間同士でも同じ家に住んでいたり毎日顔を合わせていると、必ず摩擦は起こります。自分と全く同じ人間はいないので、どんなに居心地が良くても摩擦係数ゼロの人間関係はありえません。

 

物理摩擦とは実際関係ありませんが、それくらい、多くの人間関係における一回あたりのエネルギー(不快感・ストレス)は小規模です。ほとんど意識しないか、気になっても翌日には忘れてしまうレベルでしょう。

しかし、この不快感は忘れているだけで綺麗に消えるわけではありません。毎日、毎週、毎月、毎年と、長期間に渡って連続して起きると、記憶も反復により強化されるし、「またか……」と思うとだんだんウンザリもしてきます。

 

例えば、

  • トイレの蓋を閉めない
  • 食事のとき咀嚼音がする
  • 変な体臭がある
  • 洗い物をシンクに放置する
  • ゴミ箱がいっぱいでも上から無理やりゴミを押し込む
  • 冷蔵庫に賞味期限切れの食材を溜め込む
  • お風呂の脱衣所をビショビショにする
  • 髪の毛を落としても拾わない
  • 食べもしないお菓子を大量購入する
  • いびきがうるさい
  • 使いきったティッシュ箱を取り変えない
  • 服を裏返して脱ぎ、洗濯機にそのまま突っ込む

挙げていけばキリがありませんね(笑)

これは主に生活空間での摩擦ですが、職場は職場で、また別の摩擦があります。(隣の席の人の柔軟剤の臭いが強すぎる、ワキガ・足臭がテロレベル、口が臭い、メールの返信が遅すぎる、貧乏ゆすりが止まらない、声が小さすぎて何言ってんのかわからない、ため息が多い、字が汚い、ネクタイのセンスがないetc…)

 

人によっては、「あと2000項目くらい挙げられる」と鼻息荒く言うかもしれません。逆に、「どれも全然気にならない。ケツの穴小さすぎワロタ」という人もいるでしょう。

 

同じ事象でも、性格や考え方でとらえ方は千差万別。自分は「くだらない、どっちでも良い」と思うことも、相手にとっては「こうじゃないと我慢できない!」ということは案外多いのです。

私などは洗面所に髪の毛やら靴下を脱いだ時に足の指から落ちるホコリの塊やらが落ちていて、しかもお風呂上がりの湯気とかでジットリへばりついているのを見ると、この世の終わりみたいな気分になります。「あーもうみんな死ねばいいのに。私とエディ・レッドメインだけを残して人類が滅びればいいのに」ってなります。

 

まぁ、、、私の例を筆頭に、多くの場合、一つ一つは客観的に言うと「くだらない」「取るに足らない」ことです。もう二度と会わない人であれば、気になったとしても、あえて面と向かって指摘する人は少ないでしょう。

 

しかし、その相手と長期間に渡って行動を共にする、長い付き合いになる(したい)という場合、「ツケ」にするのは危険です。ツケはどんどん溜まっていき、いつか必ず「大震災」を引き起こすからです。

長期的なお付き合いをする人とは、定期的かつ人工的に、震度3の地震を起こしていくべきです。大陸プレートを動かすのは大変ですが、自分の周辺の人間関係においてはひとりで簡単に実行可能です。

そう、震度3の地震に当たるのが、人間関係でいうところの「小言」です。

 

人間関係を長続きさせたいなら、「小言」は必須コミュニケーションツール。

言わないより言った方が良いし、逆に、言われないより言われた方が良いのです。

 

正しい小言と、ダメな小言

相手と長期的な関係を構築したいなら、自分から進んで小言を言うべきです。

自分が言えば、よほど言い方を間違えない限り、そのうち相手も言い返してきます。こうなれば、互いに震度3の地震を起こしあっているので大震災は未然に防げます。皿は割れるかもしれませんが、ビルが倒れたり死んだりせずに済むわけです。

 

小言の目的は、要は「ガス抜き」なので、基本的には自分の思ったことを我慢せずに言えばいいだけ。しかし、言い方を間違えると関係が必要以上に悪化する可能性があるので、以下には注意した方が良いでしょう。

 

<正しい小言の三原則>

  1. 指摘は5秒以内。ダラダラクドクド言わない。
  2. 「また」「いつも」は禁句。
  3. 怒鳴らない。(怒鳴ったら「小ごと」ではなく「大ごと」、、、なんちゃって。)

 

もし小言でうんざりした時は「よく考えてみると、小言ってそんなに悪くないよね」とか思い直してみると、気持ちがポッとあったかくなりますよ。

ダメな小言を言われた時は、「正しい小言の三原則」を小言返ししてみてください。(小言返しって、なんか技名っぽいですねw)

それでは!

 

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