あなたが幸せになるために、その人は本当に必要か? 〜自分を犠牲にする前に考えるべき3つのこと〜

どうも、白戸です。

 

このタイトルに興味を持ったあなたは、無理をして、我慢して、心身ともに消耗しながらも、「嫌われたくない人」がいるのではないでしょうか。

 

なぜそこまでして嫌われたくないのか?

あなたは、あなたに敬意を払わない「失礼な人」の機嫌を取ろうとして、自分を犠牲にしています。

 

個人的な話で申し訳ないのですが、かくいう私も昔はそうでした。

大学入学時、理工系だったこともあり女子率10%の学科に入った私は、当然のごとく逆ハーレム状態でオレンジデイズ的なバラ色のキャンパスライフを送れると確信していたにもかかわらず、蓋を開けてみればびっくりするほど誰にも相手にされず、同じ学年で数えるほどしかいない女子の中でも地味でオタクっぽい数人の「イケてない方」のグループにいつのまにか所属。サークルも1年足らずで自然消滅的な辞め方をした後は、自宅と大学の往復のみ、という夢も希望もない灰色キャンパスライフを送りました。

その影響か生まれつきかは未だ不明ですが、社会人になっても自分に自信がなく、周囲とのコミュニケーションもクソがつくほど下手でした。他人との距離の取り方がわからず、近づきすぎたり遠すぎたりと周囲を巻き込んで集団の中に火種を作りまくり、研修リーダーから「お前はJavaなんかいいから、同期とのコミュニケーションを勉強しろ」とお墨付きをもらったほどです。(マンツーマンで、帰宅前に特別カウンセリングまでやっていただきました)

その研修中に「ちょっと病んだ感じの女が良い」という元ヤンの男の子と恋人関係になったのですが、当時は、その彼が私にとっての世界の全てでした。

 

私を認めてくれているのは彼しかいない、彼に見捨てられたらオシマイ、生きてる価値がない、それくらいの気持ちでした。

いま考えると全く自分でも信じられないのですが、当時はそれくらい、自己無価値感に苛まれていたってことが伝わったと思います。

 

「自分の価値」を自分で認めることができなかったのです。だから、「自分の価値」を相手(元ヤンの彼氏)に委ねきっていました。その結果、

相手が自分を見捨てる、イコール、自分の価値が0になる、イコール、、、死。

という計算式に導かれるままに、「相手のご機嫌をとること」に自分を犠牲にするどころか全生命力を注いでいたわけです。

 

この記事を読んでいるあなたも、おそらく似たような経験をされてきたのではないでしょうか。

 

自分の価値が脅かされる不安

「今まさに、無理をしてでも誰かに好かれようとしている」というあなたは、これまでの人生、他人の指示に従って生きてきた人です。

多く場合、それは幼少期の自分にとって重要な人、ひいては両親です。

 

あなたが今、「自分の価値」と思い込んでいるものは、実は「両親が自分に求めた価値」にすぎません。例えば、学校の成績がいいとか、運動会で一番になるとかいう威信獲得のことです。

 

もし今、あなたが「自分の価値」が脅かされてると不安を感じているなら、それは、自分にとっての大切な人が自分に求める価値を、自分が実現できなくなった不安です。

しかし落ち込む必要はありません。

あなたが不安を感じているのは、ひとつの転換ポイントに差し掛かった証拠だからです。

 

今こそ、これまでの「人の指示で生きてきた時期」から、「自分の感情と考えで生きる時期」に切り替えるポイントなのです。

 

心のどこかで、「誰かに幸せにしてもらおう」と思ってないか?

これまで人の指示で生きてきた人にとって、「自分の人生は自分の責任」という姿勢はことのほか大切です。

なぜなら、「自分の価値」を他人に委ねてきた人は、心の奥底で「誰かが自分を幸せにしてくれるのではないか」と思っているからです。

だらか、誰かの言いなりになる。自分を犠牲にしてでもその人の期待に応えようとします。

 

しかし、自分の人生を他人に委ねるのは危険です。

世の中にはずるい人がいます。ずるい人は、あなたに何かを「期待」することで、あなたに自分の望みを叶えてもらおうとするからです。

例えば、自分が楽して生活するためにあなたにやりたくない仕事をやらせるかもしれません。

 

その瞬間は「あの人が喜んでくれるなら自分はそれだけで幸せ」と思うかもしれませんが、現にいま、あなたが不安を感じているならば、それはあなたにとっての幸福ではありません。

 

一度、「この人は、自分が幸せになるために必要な人かどうか」を考えてみてください。そうすれば、その人は自分が困った時にはなにも助けてくれない人だとわかるはずです。

 

人に嫌われても、大したことは起きない

自分を犠牲にしてがんばる人は、密かに、誰かに幸せにしてもらえると思いながらがんばってきたはずです。しかし、誰も幸せにはしてくれなかった。

それどころか、逆に、その真面目さや気の弱さを利用されてきたのです。行き過ぎれば、鬱や燃え尽き症候群で倒れるかもしれません。

 

「自分の人生は自分の責任」と思っていないから、「この人に嫌われたくない」と思って無理をしてがんばってしまうのです。しかし、「自分の人生は自分の責任」という意識で生きていれば、じつは、その人に嫌われても大変なことなんてなにも起きないとわかります。

 

今、あなたが大変なことになると不安に思っていることの多くは、ほとんど大変なことにはなりません。だから、嫌なことは「ヤダ」と言えます。

あなたに妙な期待をかけるその人は、あなたの人生に責任を持ってくれません。だから、あなたも無理をしてまでその人の期待に応える必要はありません。

 

自分の人生は自分の責任であり、自分のもの。

はじめのうちは慣れないかもしれませんが、誰かに嫌なことを頼まれて引き受けそうになった時は、この言葉を思い出してみてください。

 

それでは!

末岐 碧衣
  • 末岐 碧衣
  • フリーランス のシステムエンジニア。独立後、一度も営業せずに月収 96 万円を達成。1986年大阪生まれ。早稲田大学理工学部卒。システムエンジニア歴 12年。
    2009年、ITコンサルティング企業に入社。3年目でコミュ障が爆発し人間関係が崩壊。うつにより休職するも、復帰後はコミュ障の自覚を持ち、「チームプレイ」を徹底的に避け、会社組織内においても「一人でできる仕事」に専念。社内外から評価を得た。
    無理に「チームプレイ」するよりも「一人でできる仕事」に専念した方が自分も周囲も幸せにできることを確信し、2015年フリーランスとして独立。

1件のコメント

  • 卑屈で塗り固めた深夜の本音トーク100記事目おめでとうございます(本当かどうか分かりませんが、カテゴリでは100個目?)

    なんだか重くて難しいテーマなので、腫れものに触る感じで書きます。誰とは言いませんが、記事を読んでいて思った特徴を挙げます。

    ・完璧主義だが、ストレスの許容量を超えると全て投げ槍になる。
    ・一番最初の子のせいか、親は厳しく育てる。親の期待も一心に受ける。
    ・厳しく育てられたせいか、我慢強くて、結構我慢する。責任感も強い。
    ・自分を他人の人生の「他人」に「会社」は入りますか?
    ・自分より年上に接触する機会が多いせいか、同期とのコミュ力に欠ける。
    ・孤独ラブ。孤独を愛しすぎて、サークル辛いし、孤立する。
    ・沈黙が辛い(最近は沈黙でさえ会話だと思っている)
    ・相手が何を考えているかわからない(まぁ、当然だが)
    ・他人に無関心。興味がわかない又はわかないようにしている。
    ・秘密主義、自分の事をどこまで言っていいか分からない。極端。
    ・人生がつまらない。生きていて何か楽しい事があるのか、と思っている。
    ・一番上は、一番家庭環境の影響を受ける。不器用。

    長いですね。病んでますね。個人的にコミュ力に関して書きます。コミュ力は生まれつきか、どうか? 家庭環境を生まれつきの能力に加えるなら、きっと生まれつきです。先天的なものです。極端な話、遺伝です。

    ただ今までケアをしなかった分、コミュニケーション(特に口頭)が楽しくなれば、矯正する余地はあるのではないかな、と思います(限りなく不可能に近いですが)。白戸さんの仰る通り、正直に生きるのが上達の近道かなと思います。個人的にはマイルドな言葉遣いと柔らかな物腰は覚えた方いいと思っています。

    意味不明な長文失礼いたしました。

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