年相応のことしか考えないから、魅力がない。

どうも、白戸です。

今日の記事は、私が言われすぎて耳タコな言葉、「もういい歳なんだからうんたらかんたら」について。

 

「いい歳」という言葉は、どんな理由になるのか?

最近、一般的な動詞の前に「もういい歳なんだから」という接頭語をつけられるようになりまして。例えば、もういい歳なんだから結婚しなさい、もういい歳なんだからゲームなんてやめなさい、もういい歳なんだからニュースくらい見なさい、もういい歳なんだからフラフラしてないで定職につきなさい、もういい歳なんだから夜遊びなんてやめて落ち着きなさい、もういい歳なんだから……

書き出すだけでこれほど私を憂鬱にさせ、イラつかせる言葉もなかなかないわけですが、改めて考えてみても、一体、どういう理屈なんだかさっぱりわかりません。「〜だから」という接続詞は前後の因果関係を示すときに用いる言葉のはずなのに、前述した例は前後の”論理的なつながり”というか、”関連”みたいなものが不明確です。

 

「AだからB」という日本語は、「食べ過ぎから太った」みたいに使うのが正しいと思います。「食べ過ぎる」と「太る」には、明確な因果関係がある。だから、文脈としておかしくない。

 

では、「いい歳」だから「結婚しなさい」って?

そもそも「いい歳」ってなに?NANI?

何と比較して「いい」んでしょうか。具体的に何歳のことを指しているのでしょうか。年齢と結婚に、どういう因果関係があるのかもわかりません。

男性は18歳、女性は16歳で法的に婚姻関係を結ぶ権利を得るわけですが、義務じゃない。もし日本の法律に、「30歳で一度も結婚したことがない奴は住民税を10%上乗せする」とかがあるなら、まだ理解できます。それなら、29歳で結婚相手の候補もいないとなると、親や親族が心配して「もう30歳まで1年を切ったのだから、そろそろお相手を探したほうがいい」くらいのことを言っても、変じゃない。住民税を多く払うか結婚するかは当人の判断であって周りにとやかく言われるようなことじゃないので、納得はしない。けど、そのセリフが変だとは思わない。

でも、「いい歳だから結婚しろ」と言われても、さっぱり理解できません。「ほけっれじゃんあおあいおじゅ」と言われたのと同じくらい理解できません。

そして、「だから」の後に、自信満々で命令形をくっつけるのもすごい。私にはとても真似できません。

 

例えば、こういう言い方ならまだ文脈としては正しい。

「日本は少子高齢化が進んでいて、移民の受け入れも今のところ予定されていない。日本という国を支えるためには、子供を産める若い世代が、できるだけ多くの子供を産む必要がある。子供を産み育てるためには、安定した家庭環境が必要で、その環境を構築するのに最も適した方法の一つは結婚である。あなたはいま子供を産んで育て始めるのに適した年齢だから、日本のために何かしたいと思うなら、結婚して子供を産むのがいいのではないか」

上記の提案に対する私の答えは「日本のことなんか私の知ったことじゃないし、私は子供なんかほしくない。だから結婚しない」ですが、これなら会話としてはまずまずだと思う。

 

年相応の価値観・仕事観とは

 

さて、少し屁理屈が過ぎた気がするので、ちょっと真面目に。

「いい歳してほにゃらら」が、つまりは「年相応のことをしろ」という意味のことを言っているのだと仮定して考えてみます。例えば、世間一般でいう「年相応」ってこんな感じでしょうか。

〜20代:学校に行く、就職する

30〜40代:定職につく、結婚する、子供ができる、家や車を買う、性的に落ち着く

50〜60代:定年退職する、親の面倒を見る、退職金で第二の人生を始める(仕事・田舎に引っ越す・旅行・投資)

80代〜:余生。同年代の友人と交流する、子供や孫と暮らす、遺産分与の手続き

 

たぶん、そんなにはズレてないんじゃないかと。私だって、年相応の価値観・仕事観を軽視しているわけじゃないし、一般常識として「知らない」ではちょっとマズイとも思っています。

 

でもコレ、楽しそうでしょうか。例えば、上のような人って魅力的だと思いますか?

サイテーではないけどサイコーでもない、「可もなく不可もなく」ですよね。どこにでもいる人というか、、個人的には、なんとも面白みに欠けると思うんですよね。

 

年相応の価値観をゴリ押ししてくる人に私が問いたいのは、「可もなく不可もなく」な人生がそんなに良いのか? ということです。

 

人生の「幅」こそが価値であり魅力の源、だと思ってる。

以下、2人の人物を見て、どっちと友達になりたいと思いますか。

Aさん:35歳、夢はミュージシャンだけど、もういい歳だし結婚して子供もいるので、つまらないと思いながらも会社勤めしている。持ち家を買ったのでローン返済のために定年まで働くつもり。休日はゴルフか、家でゴロゴロ。友達は会社の同僚だけで、オシャレにも興味なし。

Bさん:35歳、ミュージシャンになる夢を捨てきれず、30歳で退職。バイトをしながら一人、駅のロータリーで歌い続っていたが、芽が出ないので1年で諦める。その後3年間は家族も貯金も家もなく、会社を辞めたことを後悔しながら鬱々と過ごしてきたが、最近になってバイト仲間を誘って起業。クラブ通いとパチンコが好きで、たまに競馬でスって一文無しになる。

 

どちらも「成功者」とは言えませんし、現時点での経済状況(主に預金額)は似たり寄ったりだとします。さて、あなたはどっちと友達になりたいでしょうか。

 

これは好みが分かれると思いますが、私なら断然Bさんと友達になりたいです。

Bさんは起業にも失敗して、このまま50代になってもウダツの上がらないフリーターのままかもしれません。それでも断然、友達になるならBさんです。

理由は、会話したら楽しそうだから。飲みに行って、ざっくばらんにいろんな話を聞きたいです。あと、計画性のないところにも親近感がわきます(笑)こういう人と話すことで私の知見も広がると思いますし、「私の知人にはこんな人がいてね…」と話のネタにできるのも高ポイントです。

一方、Aさんみたいな人って、会社員時代には周りにたくさんいたので、もう知っているというか。似たような、どっかで聞いたような話しか聞けない気がするんですよ。違うかもしれませんが。

 

私はかつてはAさん寄りの人間だったからこそわかるのですが、このタイプで、現状に不満を募らせている人って多いと思うんです。常に悶々としていて、日常に不満を募らせ、チャレンジして失敗することに怯える自分に失望しています。そんな自分を少しでも肯定するために、「よく見せよう」とする。で、誰かの受け売りのセリフをそのままドヤ顔で言ってみたり、「自分は今、とてつもなく幸せです」アピールする。

Aさんタイプが酔ってこぼす「うんちく」とか「幸せアピール」って、正直、聞くに堪えない。「これからはドイツとかフランスも脱退して世界経済がウンタラカンタラ」的な。

イタイ。イタすぎます。最後まで話を聞いたらお腹を壊すレベル。自分もかつてやっていたので、思い出したらちょっとお腹が痛くなってきました。

 

要は、友達になりたいと思われる人かどうか、つまり、人間としての魅力の有無って、人生の幅だと思うんです。何か叶えたいこととか不満があった時、あがくか、諦めるか。チャレンジか、現状維持か。

あがく、チャレンジする選択をする人には、失敗するにせよ成功するにせよ「幅」ができます。どん底になったり、普通に戻ったり、上手くいって成功者になったり。この幅こそが、その人の人生の「味」であり、個人的には「味」=「人生そのもの」とか「生きる価値・意味」だと、私は思っています。

もちろん生き方なんて個人の好みなので、ずっと可もなく不可もなくの平坦な道を進むのが最高に素晴らしい、安定こそ真の価値だ、という人は、それはそれで良いと思います。そんなのは人それぞれ、単なる好みの問題ですから。

 

ただ、その価値観を、私(他人)に押し付けんなってことです。

ピーマンは嫌いだって言ってるのに「身体にいいから食べなさい」というのは、せいぜい大人が子供に対して言う類のことであって、対等な大人同志の関係の中でそういうセリフが出るのはおかしい。もしそういうことを言う人がいたら、自分が見下されていると思うか、相手が馬鹿だと思うか、どちらかでしょう。ちなみに、私は後者の考え方が健全だと思います。

 

個人的な昔話

私は小学生の頃から「小説家」に憧れていたのですが、失敗するかもという怯えから、自分の気持ちを押し殺してきました。本当は文学部に行きたかったけど、「偏差値が高くて就職に有利だから」という安易な理由で早稲田大学の理工学部に入学し、ITコンサルタントになり、そこそこの給料をもらっていました。

自分のやりたいことじゃないけど、お給料は良いし、世間体も悪くない。まさしく「可もなく不可もなく」な人間でした。無駄もないけど、色気もない。

 

当時の私のプレゼン動画を見返すと、声にも表情にもハリがなく、なんかふにゃふにゃしてるというか、、、なんとも言えない貧弱なオーラをまとっていました。多分、プレゼンに限らず四六時中そんな感じだったと思います。そもそもITという分野に全然ピンときてなかったし、苦手だったし、自信もなかったし、結局は鬱になったし(笑)

 

でも、今は自分のやりたいことにチャレンジし、全く上手くいかないけど、上手くいかないこともまた楽しいというか。そんな感じです。

 

30代、40代にもなって夢を追いかけている人っています。会社を辞めて夢だった○○にチャレンジ、でも失敗してどん底、ってこともあります。借金地獄に陥ってマジやばいという人だってたくさんいます。

かくいう私も、似たようなものです。

ずっと憧れていた小説家という職業にチャレンジすべく、会社を辞めて半年間貯金を切り崩しながら執筆して5つの新人賞に応募しました。そして全滅しました。

でも、どん底でも良いじゃん、と思うのです。

半年間でも、小説に注力できたので自分なりには気が済んだというか。憧れてたけど、天才ではないことはわかったし、別にそれで落ち込んだりもしていません。いや、それは嘘か。ちょっとは落ち込みました。でも少なくとも、ずっと「私は小説家になれる才能があるかもしれないのに」と悶々しながらエンジニアを続けるよりは、マシだったと思っています。

 

今回はあえて、もしかしたら批判的なコメントもいただくかもな、という内容にしてみました。たまに炎上するくらいが、ブログとしては健全だし、面白みがあるし、万人受けする記事なんて万人にとってつまらない記事だと思うので。

もし、面白かった、という方がいれば幸いです。不快だった、という方。ごめんなさい。

それではまた。

末岐 碧衣
  • 末岐 碧衣
  • フリーランス のシステムエンジニア。独立後、一度も営業せずに月収 96 万円を達成。1986年大阪生まれ。早稲田大学理工学部卒。システムエンジニア歴 12年。
    2009年、ITコンサルティング企業に入社。3年目でコミュ障が爆発し人間関係が崩壊。うつにより休職するも、復帰後はコミュ障の自覚を持ち、「チームプレイ」を徹底的に避け、会社組織内においても「一人でできる仕事」に専念。社内外から評価を得た。
    無理に「チームプレイ」するよりも「一人でできる仕事」に専念した方が自分も周囲も幸せにできることを確信し、2015年フリーランスとして独立。