なぜあなたは、文明崩壊後の世界に憧れるのか?

カテゴリー 卑屈で塗り固めた深夜の本音トーク, 読んでよかったレベル20以上の本たち

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大地震が起こって首都機能が壊滅、宇宙人が攻めてきて人類滅亡の危機、隕石が落ちてきてこれまでの文明社会が崩壊、致死性ウイルスのパンデミックが起こって人類の人口は最盛期の1%にまで減少、平凡な高校生がある日とつぜん戦国時代にタイムスリップするetc……

小説、マンガ、アニメ、映画、ドラマ、なんでも良いのですが、こういった創作物が世に溢れています。あなたも一度はこういう世界に自分が生きる妄想をしたことがあるのではないでしょうか。
ここでポイントなのは、文明と一緒に主人公、つまり自分は死んでしまわないという点です。つまり、自殺願望があるわけではない。あくまで自分は「その世界」で生きていたいんですね。
これはどういう心理なんでしょうか?
今のこの満たされた世界、飢え死する心配もなく、なんの取り柄も思想も持たない人間でも選挙権を持っていて、買い物に行けば商品として売っていないものを見つける方が難しい、世界の裏側の情報もテレビをつければニュースで翌日にはわかりやすく要点をまとめて報道されていて、ネットに繋がれば世界中のどんな情報にも簡単に触れられる、好きなだけお酒が飲めて好きなだけエロ動画を見ることが出来る、今あるこの世界を、拒絶しているということです。
もちろん現実に「世界を終わらせるボタン」が存在するとして、実際に押す人は少ないと思います。しかし、そういう荒廃した世界、「持たざる世界」に憧れる気持ちは少なからずあるのではないでしょうか。

ようやく手にした「平等」。だけど……

過去の人々は、例えば千年前の中国の農夫は重い税に苦しみ、ろくに食べるものも無く、仕事も選べず、文字の読み書きすら満足に出来ませんでした。江戸時代の女性は働くことも出来ず、親に決められた相手と結婚して子供を産むしかありませんでした。アフリカのスラム街で生まれた子供は今でも様々な伝染病に苛まれ、生まれながらにエイズに感染し、道ばたで物乞いをするか盗みをしてその日暮らしをしています。
そんな「コレと言った取り柄のない、大勢の声なき普通の人たち」が切望して、やっと手に入れたのが今の日本やアメリカ、ヨーロッパなどの先進国に見る、豊かで、平和で、平等な、民主主義国家であり自由主義的デモクラシーではなかったのでしょうか。
「平等」や「豊かさ」を生まれながらに手にしている私たちは、これらを太陽とか空気とかと同じように「あって当たり前」のものと感じざるを得ません。そして過去の時代に忘恩し、挙げ句の果てには全てがリセットされることすらひっそりと期待しています。
突然ですが、日本人の自殺率をご存知でしょうか?
まぁこんな感じですね。バブル崩壊で跳ね上がって、そのまま並行線。最近は少し減少傾向にあるようですが、まぁ実際は「遺書がないと自殺としてカウントされない」とか色々あるのでもっと多いでしょうし(実は6倍の18万人という説もある)正確な数値はもっときちんと調べないと分からないんですけどね。
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とにかくこのデータでは、2012年時点での自殺率は31.1%です。死ぬ人の10人に3人が自殺ってことになります。意外と多い。。。
自殺の理由には色々あると思いますが、要はいまの世界に絶望し、人生から退場してしまうってことです。
一口に絶望と言っても色々あると思っていて、例えばすごくつらいことがあって死を選ぶ、というわかりやすい絶望もあれば、「なんとなく」という種類の絶望の形もありそうです。
統計上はどうかわかりませんが、今の満たされた日本においては、後者、「なんとなく」とか「つまらない」という理由で死を選ぶという人の方が多い気がします。むちゃくちゃ苦しいわけでもないし普通に食べて生きていけるけど、このまま生きてても楽しくない、みたいな。
この気持ちはわからないでもありません。平凡な人生(といっても実際は本人の捉え方次第だと思いますが、、、)というのは、いつまで経っても上映が始まらない映画館の座席に座り続けるのと似ていて、つまらなくて映画館から出て行ってしまいたくなる、という心境になるのかもしれません。
ではなぜこれほどまでに、人生がつまらないと感じるのでしょうか。なぜ人生に劇的なことやドラマが起こらないのでしょうか。こんなに満たされた世界で、なぜ自殺率が30%超えするのでしょうか。なぜ安全な国家の中で、これほど息苦しさを感じているのでしょうか。
私が思うに、今の日本が「密室」であり、「今の少し前の時代(バブル崩壊前)」が絶頂だったから。ではないかと。
バブル前の高度経済成長期というのは、苦しみながら国全体が「復興」という目標に向かって一生懸命、一体となって努力し、それを達成しました。
今、40代以前くらいのわたしたち世代は、その後、つまり、「絶頂の後の時代」に生まれたんです。世襲制貴族の子孫、芸能人の二世と同じです。両親、祖父母の偉業の恩恵を生まれながらに享受し、甘やかされた子供。

わたしたちが世界の終わりに憧れる理由

先生が出て行った教室を想像して下さい。
子供たちは躍り上がり、秩序を失います。しかし、固有の用事も正式な役割も意味や継続性や方向を持った仕事も持たない子供たちは、ただ躍り上がることしかできません。
重みもなければ根もない人生。それがわたしたち「若者」の内的状況です。
わたしたちの生は、純然たる待命状態の中に取り残されていると言えます。
「生きる」とは、何か特定のことをしなければならないこと、一つの任務を果たすことです。「生」とは全て、自己実現のための戦いであり、努力です。
重力がなければ、私たちは地に足を付いて歩くことが出来ません。
わたしたちは事実、努力次第で何でも出来る環境にあり、過去の歴史から見れば信じられないほど大きな力を手にしています。しかし、何をすればいいのか分からないんです。
だから、「何もない世界」に憧れるのではないかと。
そこには「人生を賭けるに値する使命」や「切実に求めるべきもの」が溢れているから。
例えば、進撃の巨人を読んだ時。厳しい兵団の規律(心臓を捧げよ!)に耐え、巨人の脅威に怯えながらも懸命に人類のために命を賭して戦う感情豊かで必死に生きる登場人物に、強く憧れたりします。
ONE PIECEのルフィが「海賊王に、おれはなる!」と声高々に宣言する姿を眩しく感じ、「宝(ひとつなぎの大秘宝ワンピース)」を求めて冒険する話に夢中になるんです。モンテ・クリスト伯が手ひどく裏切られた腹いせに、残りの人生の全てを賭けて行う鮮烈な復讐劇に心躍らせるんです。
わたしたちは、夢中になれるもの、人生を賭けて余りあるものを切望しています。その「使命」に対する強い飢餓感が、わたしたちの気持ちを「文明崩壊後の世界」「オールリセットされた新世界」に向けさせるのではないでしょうか。

創造的な生とは?

わたしたちの生は「満たされた世界」の中で重みを失い、軽薄な風潮にやすやすと引きずり回されているというのが現状です。悲しいですが、事実なので受け入れるしかありません。
では、どうやったら「自分の全人生を賭して果たすべき使命」を見つけられるのでしょうか?どうすればわたしたちは自分の人生に「重み」を取り戻すことができるのでしょうか?
大衆の反逆で有名なオルテガによると、創造的な生に必要なものは「厳格な節制」「高い品位」「尊厳の意識をかきたてる絶えざる刺激」の三つです。
そして、これらを実現する方法は、二つしかありません。
一つは、自ら支配すること。
もう一つは、あなたが支配権を完全に認めている者が支配する世界に住むこと。
つまり、「支配」か「服従」の二択
すごく噛み砕いて言うと、支配と服従の関係が曖昧になると、ほとんど全てのものがグダグダになるっていうのがオルテガの主張です。
支配はわかりやすいですね。具体的には会社を立ち上げて人のためになる事業を成功させるとか、小説家や漫画家みたいに何か自分の作品を創作して世に出すとか。なんでも良いんですが、とにかく有名になる、人が集まる人になることですね。
服従も実は負け組じゃないんですよ。ものすごーく尊敬できる人、その人の夢を実現する手助けをするために命を投げうっても良いと思える人に服従できるなら、それも充実した創造的な生だと言える、ということです。
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なぜあなたは、文明崩壊後の世界に憧れるのか?” への1件のフィードバック

  1. 江戸時代の女性のくだり、武家や公家限定ですよね?
    庶民はむしろ夫婦で働かなければ食べていけない時代。
    女が仕事しなくて済むなんて近代以降の豊かさゆえですからね。。。

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