顔というものは踏みつけるためにある。ジョージ・オーウェル『1984年』を読んで……

カテゴリー 読んでよかったレベル20以上の本たち

今日は雨だし最近ハマっていた猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子シリーズも読み終えてしまったので、久々に本棚に飾ってある中からジョージ・オーウェルの一九八四年を読み返してみました。

自分の価値観を揺るがすほどの本って、捨てたり売ったりせずに取っておくという人も多いのではないでしょうか。わたしにとって、一九八四年はまさにそういう一冊なのです。

落ちついて改めて読み返してみたのですが、どう考えてもマジキチですね。この読後感を例えるなら、「朝からずっと、昨日食べたニンニクの臭いがしてる…これってまさか体臭!?」でしょうか。地味に、そして確実に、ライフを減らされていく感じがなんか凄いです。

 

本を読んでショックを受けたのなんていつ以来でしょうか。顔だけ交通事故にあったのかと思うくらいの衝撃で、気づいたら本ごと吹っ飛んでいました。

というのは言い過ぎですが、私のショックは伝わったかと思います。

まだ読んでない人、絶対に読むべきです。

 

ぶっちゃけ、古典文学って嫌いだったんですよ。なんか小難しいし、古臭いし、翻訳は読みにくいしで。でも今回読んだジョージ・オーウェルの1984年は、全然小難しくありません。藤堂比奈子よりは難しいですが(笑)、物語としてもハラハラドキドキがあって面白いし、元々日本語で書かれたみたいに翻訳も自然で読みやすかったです。これは結構デカイ。翻訳がクソな名著って結構ありますからね。

村上春樹の『1Q84』の名前の元となった小説であり、アニメ『PSYCHO-PASS(サイコパス)』の槙島翔吾が引用したりしていたので、そこから興味を持って読んでみたんです(なんかカッコイイじゃないですか。日常会話でジョージ・オーウェルの引用とか出来たら)が、、、すごかった。マジで。軽いエンタメ小説やアニメや漫画も良いですが、やっぱ50年以上経過して、世界的に名前が残っている本はさすがでした。圧倒的でした。

 

ジョージ・オーウェルの「1984年」ってどんな本?

1949年に書かれたSF小説で、当時から見た「未来の世界」を描いたものです。

・世界観

1950年代に「第一次大粛正」が起こって以来、三超大国(オセアニア、ユーラシア、イースタシア)が常に戦争をしているという世界です。主人公ウィンストンが所属するオセアニアでは、偉大な兄弟(ビッグ・ブラザー)を頂点とした厳格な支配体制が敷かれています。

国民は上・中・下の三階層に分類され、上層は全人口の2%に制限されたビッグ・ブラザーの配下組織「党内局」、中層は党内局の手足となって働く「党外局」、下層が全人口の85%を占める声なき民衆「プロレ階級」となっています。

 

・ストーリー(ネタバレ注意

主人公ウィンストン・スミスは中流の「党外局」に所属しており、過去の記録(あらゆる書物や新聞記事)を改ざんし続ける仕事に就きながら、党による思想支配、2+2=4と言えない世界、常に監視され、密告され、党の思想に反逆した考えを抱くだけで「蒸発」させられる社会のあり方に疑問を抱いています。

もちろん恋愛もそれに準ずる行為も禁止。男女間に愛や肉欲があると見なされると結婚できないのです。もし現実世界がビッグ・ブラザーに支配されたら、好きな人にキスもできないなぁ。と思いましたが相手がいないのでどうでもいいです。

2足す2は5である(2+2=5、Two plus two makes five

↑なにそれ怖い。

 

ウィンストンは骨董品店でまっ白な日記帳を買い、監視の目を逃れてその日記帳に思ったことを正直に書き出すという作業を始めます。

これをきっかけに、ウィンストンの疑問は反発心へと変化していきます。また、ウィンストンと同様、党のやり方に疑問をもつ一人の女性ジューリアを好きになり、プロレ階級の秘密の店で逢い引きするなど、禁止されている行為は徐々にエスカレートしていきます。

このへんの綱渡りはかなり緊張感があります。私の心臓もドキドキが激しすぎて「だめだよもう!」って怒っていました。

 

そんな中、実在するのかどうかも不明な党の反対勢力「兄弟同盟」の存在を、ウィンストンは確信するようになり、自分も入りたいと考えます。

ウィンストンは一人の上流階級「党内局」員のオブライエンが兄弟同盟の一員なのではないかと思います。オブライエンはウィンストンをこっそりと自宅に招き、一冊の本を渡します。そこには党のやり方が間違っているとする内容、思想が書かれており、ウィンストンは希望を持ちます。

しかし、ついにウィンストンは思想警察に捕まってしまいます。そして何年にもおよぶ熾烈な拷問の末、ついに「党」に屈し、最終的にはビッグ・ブラザーを愛するまでに変えられてしまいます。

 

私が読んだ印象はこんな感じです。

当時の時代背景から、ビッグ・ブラザーはヒトラーの暗喩であるとか諸説ありますが、ぶっちゃけ歴史はよくわからないので興味ある人はwikiを覗いてみてください。

ジョージ・オーウェル(George Orwell)ってどんな人?

ジョージ・オーウェル

0〜18歳(1903-1921年)

1903年6月25日、インドで生まれ、上層中産階級の一子弟として奨学金によるエリートコースのイートン校に進学。しかし30歳になるまでは、財産も人望もなく身体も弱い、慢性的な咳に悩まされる自分にはまず成功する見込みがないと信じていました。

彼は自分の身体が下層階級の者と同じような臭気を発することに劣等感を覚え、一方では、狩猟や社交術など上流の身だしなみを持たなければならないことを許し難い偽善と考えました。

 

19〜24歳(1922-1927年)

オックスフォード大学に奨学金をもらって進めるほどの秀才でありながらも、古風な父親の強い願望に屈してインド帝国警察に就職し、5年間ビルマで勤務します。ビルマでは原住民をやたらと絞首刑にしたり監獄に送り込む圧政が敷かれており、彼はそれに自分が加担しなければならないという環境の中で、圧政体制の本質を知り、圧政者こそ絶対悪だと考えるようになります。この5年間のビルマ生活で植え付けられた原罪感は、死ぬまで彼の文筆活動のモチーフとして離れることはありませんでした。

 

25〜32歳(1928-1935年)

賜暇でパリに帰国するのを好機に帝国警察を退職し、念願だった作家生活を志します。この時、世に問うべき作品も作家として独立できる確信もあったわけではなく、ただ自分に賭けてみたいと言う青年の客気と、反体制の人間になりきろうという素朴な反逆心から、パリやロンドンで文章を書き、皿洗いをして生活し、のちにいさぎよく浮浪者の一群に身を投じます。

当時は、金融危機のために百万近い失業者が巷にあふれ、上流階級や中産階級出身の若い知識人たちが、なだれを打って労働党や共産党を中心とする革新的な政治活動に参加していた時代です。傷ついた孤独な魂が時代の流れに共通の場を見出し、一種の興奮と昂揚にかられて落伍者の世界に飛び込んでいった切実さは想像にかたくありません。

しかし、彼がロンドン・パリを漂流する中で発見したのは「ビルマ人さえ経験しなかったようなみじめさ」であり、これも「専制と搾取のもたらしたものだ」と考えるに至ります。

この時の体験を元に、1933年、30歳で最初の著書「パリ・ロンドン放浪記」を刊行します。この文明社会における貧困の極限状況は一部の知識人に深い衝撃を与えます。1935年、32歳の頃に「牧師の娘」「ビルマの日々」「葉蘭を守れ」の三小説を発表。

 

33〜35歳(1936-1938年)

1936年、スペイン共和政府に対して反革命が起こり、彼はイギリス独立労働党の紹介状を持って「新聞記事でも書くつもり」でスペインに渡ります。しかしバルセロナの「圧倒的な革命状況」に感動し、矢も楯もたまらず労働者たちのPOUM市民軍に身を投じます。彼はPOUM市民群での生活を通して「階級なき社会主義の小宇宙」という可能性を体験し、そこに彼が憧れつづけた「人間の自然な生き方」「人間の品位」が保たれていたことを知ります。

しかし前線で咽喉部に貫通銃創を受けて「約1ミリの差」で頸動脈を逸れ、一時離脱。バルセロナに帰ると、あの盛んな革命的状況はどこへやら、正面の的を置いてPOUMに対するスターリン主義者たちの過酷な弾圧が始まっており、彼も追われるようにしてスペインを脱出します。

1937年、革命勢力を圧殺した無慈悲な権力政治への告発、そしてPOUM弾圧の歴史的な証言として「カタロニア讃歌」を刊行。なお、1939年に第二次世界大戦が始まるまでの2年間を、彼は「慢性の咳」とスペインで受けた傷を癒すために、鬱然とした転地生活のうちに過ごしています。この間、保険外交員を主人公にした「空気をもとめて―COMING UP FOR AIR」という小説を仕上げ、迫り来る対戦の危機を象徴的に語りかけました。

 

36〜42歳(1939-1945)

大戦が勃発すると、イギリス陸軍に志願しますが断られ、国防市民軍に加わって軍曹となり、極めて謹厳に含むしました。その後、BBC海外放送のインド支部に勤務しますが、この時の経験が「1984年」に登場する “真理省” や “新語法(ニュースピーク)” などのモデルになったようです。

1942年、39歳でBBC放送をやめて「トリビューン」紙の文芸担当者に迎えられます。「トリビューン」紙は当時、労働党左派の指導者アナイアリン・ベヴァンの機関紙であり、戦争支持勢力の中では批判的な最左翼でした。3年間の編集者生活はよほど彼の性分にあっていたようで、転々とした職業の中でもいちばん楽しい時期だったらしい。事実、この時代に書かれたエッセイ「鯨の腹のなかで」、「オーウェル評論集」はこれまで政治や文学について書かれたもののいわば集大成であり、リベラル・ソーシャリズムへの到達を示しています。

1945年、大戦が終結すると、独裁者を諷刺した「動物農場」がついに出版されます。この百ページに満たない寓話によって、彼ははじめて世俗的な名声と莫大な収入を得ることになります。オーウェルの体験から言えば、もっとも陰惨な主題である筈なのに、すこぶる陽気な寓話として仕上げたところが、この極めて政治的な作品を成功させたと言えます。この「動物農場」に到達して初めて、オーウェルは念願の「政治的文章を芸術に高める」ことを果たしました。

 

43〜46歳(1946-1950年)

「動物農場」刊行後、オーウェルは無理を重ねた生活に疲れ果て、胸も結核に蝕まれていました。彼は療養と「1984年」の執筆をかねて父祖の地スコットランド、それも東海岸の沖合にある孤島ジュラの荒れ果てた農場に引きこもります。湿気の多い土地だけに、死期を早めるために居を映したようなものでした。「1984年」は1946年の春頃から書き始め、1947年に完成する予定でした。

対独戦の終結についで広島と長崎に最初の原爆が投下され、イギリスでは労働党政権が発足、オーウェル念願の「ゆるやかな社会主義」が始まったばかり。世界の潮流は明るい方向に流れ出していたにも関わらず、スターリンは早くも東欧の制圧をもくろみ、戦後世界の再編成について東西の対立が表面化し始めていました。

病気の悪化で執筆は遅々として進まず、1947年春、左肺に空洞ができて本土の病院に入院します。作品は中断され、9ヵ月間治療に専念しなければならなくなります。「1984年」が二分されたような印象をあたえるのはこのためだと言われています。

病状が好転したので孤島ジュラに戻り、年末にかけて一気に「1984年」を書き進めました。病状は島の湿気と過労のために悪化の一途をたどりましたが、もはや治療を退けて執筆を続け、完成させます。「1984年」は折からの冷戦ムードに乗って爆発的な売れ行きをみせます。アイザック・ドイッチャーによれば、ニューヨークの新聞売り子に「この本を読めば、なぜわれわれがボルシェヴィキの頭上に原爆を落とさなければならないのかわかる」と勧められたとか。

作品完成後、オーウェルは南部のグロスターシャ州のサナトリウムに移り、1950年1月23日、喀血後、わずか数分で息を引き取ります。まだ46歳でした。それから3年後にスターリンは死に、ソヴィエトははスターリン主義批判の時代に入ります。

 

「1984年」はスターリンのソヴィエトに触発された反ユートピアの権力世界です。あらゆる人間性の収奪の上に成立する不毛な世界であり、ユートピアを装った体制の中にひとつの悪夢を構築することで、諷刺小説となり得たのです。

 

『1984年』の心に刺さったフレーズ

過去を支配するものは未来まで支配する。現在を支配するものは過去まで支配する。

 

絶えず胃袋にも皮膚にも一種の反抗じみたもの、あるいは当然の権利をだまし取られたような感情が存在していた。

 

戦争の本質は人命の破壊にあるのではない。労働による生産品の破壊にあるのだ。商品は生産せねばならぬ、が、分配してはならない。戦争努力は常に民衆の要求をギリギリに充足させた後に残る余剰の全てを消費するべく計画される。

 

民衆は弱く、卑屈な人種であって自由に耐えられないし、真理を直視し得ないからより強力な集団によって支配し、組織的にだまされねばならない。

 

新石器時代の末期以降、世界には上層、中層、下層と三種類の人間が存在した。

上層の目的は現状維持であり、中層の目的は上と入れ替わることだ。人口の85%を占める下層、声なき民衆の目的は、差別の撤廃と平等であるが、彼らは重労働で余りにも押しつぶされており、日常生活以外のことは間歇的にしか意識できないというのが変わらぬ特性である。

 

人間にとっての選択は自由か幸福かであり、その大多数にとっては幸福が遥かにましなことである。

 

個人は個人に留まりさえしなければ権力を持つことができる。自己だけの存在から脱却して党に合体し、自己即ち党になれば、彼は全能になり、不滅の存在となる。

 

人間は一個の細胞に過ぎない。一細胞の衰弱は組織全体の活力となる。人間は爪を切ると死んでしまうとでも思っているのかね?

 

君が未来の世界を描きたければ、人間の顔を踏みつけるブーツを思い浮かべればよい。永久に踏みつける図を、ね。顔というものは踏みつけるためにあるものだ。

 

 

p.s.

『1984』は晩年に書かれたジョージ・オーウェルの集大成とも言うべき本です。次は彼の名を世に知らしめるきっかけとなったの作品『動物農場』を読んでみたいと思います。楽しみだなぁ!

顔というものは踏みつけるためにある。ジョージ・オーウェル『1984年』を読んで……” への1件のフィードバック

  1. ジョージオーウェル=不自由主義者どもを増産したくず野郎だと思います。1984なかったら安倍政権生まれなかったかもしれない。

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