『旅のラゴス』に学ぶ、焦燥とは無縁の生き方とは?

カテゴリー 小説・シナリオ半熟セミナ

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発売が1994年なのですでに20年経っている本ですが、いつ見てもAmazon文庫本ランキングで1位なので気になって購入してみました。

 

ひと言でまとめると、異世界を旅するラゴスという一人の男の一生を描いた小説です。奴隷にされたり王様になったりと色々起こるんですが、薄い本なのでさらっと読めてしまいます。そして適所に散りばめられたフレーズが不思議と心にひっかかる。

人間は普通に集団転移とか壁抜けとかができる設定なのですが、魔法使いみたいに”何でもアリ”なわけじゃない。それなりの技術や修練が必要で、失敗したら大事故に繋がったりします。絶妙なSF加減。

 

以降、ネタバレありなのでご注意を。

 

人は平等ではないし、命は軽い

物語全体を通して主張されていると感じたのは、「知識」の重要性です。

主人公のラゴスの出自は物語が進むにつれて明かされていくのですが、彼が旅の始めから持ち合わせていた「基本的な教育」というのが、世界を渡るにあたって大きな武器になっています。これ、日本によく似ているんですよね。日本人というだけで、「義務教育」が受けられ、文字の読み書きや数学、文学、歴史、科学、美術の基本的な知識を得ることができます。アフリカとかインドの山奥に生まれていたらこうはいかないなぁーと、改めて思いました。

今こうしてこのブログを読んでいるあなたは、それだけで既にある種の人たちよりも優位に立っているわけです。目が見える、ネットに接続できる、文字が読める。自分には何もない、何も持っていないと思っていても、実は気付かないだけで本当に色々な特権を持っています。インターネットが普及してグローバル化が進んでいるとはいえ、世界的に見れば、日本人はまだまだ「特権階級」と言えるのだと思います。

ラゴスは一度、奴隷商人に捕まってしまい、銀鉱で使い捨ての奴隷として生活を始めます。知識を活かす場もなければ、いつ崩落が起こって死んでしまうかわかりません。出口の見えないどん底に突き落とされてしまったわけです。どん底ですね。わたしたちの身近な例で例えるなら、貯金ゼロ、年齢も三十代半ばを過ぎ、日々の生活に汲々とする労働者です。

ここから這い上がる足がかりとなったのが、彼が幼少期に受けた教育に含まれていた「銀の精錬方法の知識」です。彼はもっと銀で効率よく利益を得るための方法を、奴隷商人たちに提供することで、ただの穴掘りから精錬現場に移動になり、監督者になり、小屋を与えられ、妻?っぽい女と一緒に住むことを許され、上層部の信頼を得て様々な相談をされるようになり、最後は仲間のようになります。最終的には、彼が奴隷だったことを覚えている人間はいなくなり、奴隷ではなく「奴隷を使う側」の人間になるのです。そしてある日、金を渡されて必要物資の買い出しを頼まれたラゴスは、そのまま堂々と、馬と女を連れて銀鉱を後にします。

東京で「生きるため」に消耗している人も、もっと(言い方は悪いですが)レベルの低い人たちがいる環境に移動すれば、そこで活路が開けるかもしれないのです。

いいな、と思ったのは、その地位に昇り詰めるまでに十年という歳月が経過していること。リアルですよね。

ゼロからイチに這い上がるのが一番困難であるという真理が忠実に表現されています。そして、金品や地位は奪われることもあるけれど、頭の中にある「知識」だけは無くならない。知識こそが人間にとって最大の資産なのです。

 

 

人は、どのように生きればいいのか?

ラゴスは奴隷商人たちから逃げ出した後、高度な文明を有した祖先たちの宇宙船にたどり着き、そこで膨大な図書が保存されたドームの存在を知ります。

彼は学者としてそのドームへ行き、また十年間、ひたすら本を読んで過ごします。図書から得た知識でコーヒーの栽培、豆の精製を村人に伝授すると、村はコーヒーで一気に発展を遂げます。ラゴスがドームから出る頃には「村」は「王国」となり、ラゴスは「国王様」になっています。

ここでも、「知識」の価値に照準が合わせられています。村人たちはドームの近くに住んでいながら、誰もその内部に貯蔵してある知識の価値に気が付かなかったんですね。ラゴスはそれをやってのけた。十年という歳月をかけて、ひたすら人類が積み重ねた膨大な知識を吸収して過ごしたんです。羨ましい生き方ですね。

ここで、とても心に刺さった一節があったので抜粋させていただきます。

焦燥とは無縁だった。かくも厖大な歴史の時間に比べればおれの一生の時間など焦ろうが怠けようがどうせ微々たるものにすぎないことが、おれにはわかってきたからである。人間はただその一生のうち、自分に最も適していて最もやりたいと思うことに可能な限りの時間を充てさえすればそれでいい筈だ。

100%同意です。

学生の頃、歴史の教科書や世界の名著リスト、プラネタリウムとかを見てただただその「大きさ」に圧倒され、恐怖すら感じていましたが、いまはある種の諦めというか踏ん切りが付いたと言うか。そういうものを受け入れられるようになってきました。

 

p.s.
世界の中で見れば自分など虫けらのごとく取るに足らない存在だけれども、だからこそなんでも好きなようにやれば良いのだと思います。たまにこういう本を読むと、視座が高くなるというか、「生活」のことを忘れてもっと大切なことを考えることが出来ますね。本ってすばらしい。

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