「なぜ、生きるのはこんなにも苦しいことばかりなのか?」あなたに捧げるひとつの回答例

カテゴリー 卑屈で塗り固めた深夜の本音トーク

あなたが「生きるのが苦しい」「楽しいことが全然ない」と感じているなら、それはあなたが「我慢」しているからです。

我慢はもめごとを回避できる、素晴らしい防衛手段。しかし、、、

もしあなたが一生我慢したいのだったら、そうすれば良いと思います。

学校でいじめにあっても、上司から納得いかないことを言われても、理不尽な残業(サービス残業)が続くことになっても、電車で痴漢にあっても。「いまの自分」を守りたかったら、そのままずっと我慢し続けることです。我慢する覚悟があるなら、我慢すれば良いと思います。

逆に、我慢しないと決めたなら、自分の行動に責任を持ち、「”自分の行動”によって代償を支払わなければならない可能性」があると覚悟を決めるべきでしょう。

 

我慢しても、何も変わらない

わたしは2015年6月に会社を辞めるまで、ずっと我慢し続けてきました。

 

わたしには弟がいます。弟はすごく”甘え上手”、人なつっこく、両親だけでなく色んな人から可愛がられていました。一方、わたしはいつもムスッとした、不機嫌な子供だったと思います。

弟が何かイヤなことを言ったりやったりして喧嘩になった時も「お姉ちゃんなんだから、先に謝りなさい」「お姉ちゃんなんだから、譲ってあげなさい」「お姉ちゃんなんだから、許してあげなさい」と、言われてきました。

 

「お姉ちゃんだから、我慢しなければいけない」

(今現在もですが)子供心にも、この理論には全く納得していませんでした。喧嘩のきっかけを作ったのは相手なのに。私は何も悪くないのに。やられたからやり返しただけなのに。

でも、親にはいくら言ってもわかってもらえませんでした。それどころか、反論すればするほど、厳しく折檻され、説教もネチネチと長くなりました。そのうち、反論するのもバカらしくなって、ただその時間が早く過ぎていくように、長引かないようにと「我慢」するようになりました。頭の中では「No」と思いながら口では「Yes」と、微笑んで言えるようになりました。

わたしに「我慢」が染み付いたのは、いつの頃だったでしょう。そして成長するうちに「お姉ちゃんだから」という枕詞がとれ、ただひたすら「我慢しなければならない」と思い込むようになりました。

 

「人に迷惑をかけてはいけない」「この人を不愉快な気持ちにさせてしまうかもしれない」「自分の意見を言わないだけでこの場が収まるなら、我慢しよう」

いつも他人の顔色を窺って、人の機嫌をとってきました。

その結果、どうなったか。

何も変わりませんでした。親に説教されなくなったわけでもなく、職場での上司のいびりは酷くなる一方、いつもどんな仕事も引き受けていたので残業も増える一方。

それでも我慢を続けていくと、「自分」とか「本当の気持ち」が次第にわからなくなっていきました。いつも、ただモヤモヤとした気持ちを抱え、憂鬱で、何をやっていても集中できないし楽しくない。そして、わたしは鬱病になりました。表向きのきっかけは「職場で、初めてチームマネジメントを任されたプレッシャーに耐えられなくなった」でした。

 

「なぜ、生きるのはこんなにも苦しいことばかりなのか?」

最初の転機は、いつのまにか家に住みつくようになった当時の恋人A君です。A君は会社の同期で、新人研修中に付き合い始めました。給料ももちろん同じです。彼は「自分の家よりも家の方が会社に近い」という理由で、わたしの部屋に住みつくようになりました。最初は嬉しかったですが、息苦しくなりました。

残業して深夜にコンビニ弁当を持って家に帰ると「なんで弁当、自分の分しか買ってこないの?」と言われ、次第に二人分の食費をわたしが出すようになりました。彼の方が遅くなることが多く、わたしは彼が帰ってくるまでの短い時間を使って掃除や洗濯をしました。彼は家賃の一部を出すわけでもなく、水道光熱費も全額わたしが払っていました。

 

そのうち、「なんで、私がこいつのパンツを洗濯して畳まなきゃいけないの?」と思うようになりました。セミダブルのベッドで毎晩二人で寝るのもイヤでした。狭くて寝返りも打てませんし、ベッドで本を読んでいると「明るい」と怒られました。わたしの部屋なのに、わたしのベッドなのに。

「でも彼がいなくなったら私はひとりぼっちになってしまう。彼に捨てられたら、もう二度と私のことを好きと言ってくれる人は現れないんじゃないか。彼との関係を壊したくない、下手なことを言って怒らせたくない」

こうして振り返ると、この頃は本当に頭がおかしかったなぁと思うんですが、ともかく当時のわたしは大真面目にこう考えていました。で、どうしたかというと。

 

日記を書き始めたんです。直接なにか言う勇気も覚悟も持てなかったわたしは、大学ノートに会社で何があったか、彼への不満、自分が何をされてどう感じたか、ということを事細かに書きなぐるようになりました。

書き始めると、まるで何かが乗り移ったかのように手が止まらなくなり、いつもペンを持つ右手が痛くなるまで書いていました。ノートに擦れた小指の方はインクで真っ黒になりました。

書いているうちに、自分に少しずつ、自信が湧いてきました。いや、自信と言うほどのものではなかったかもしれません。違和感、というか「自分の現状に対する疑問」に近かったですね。

「自分で稼ぐようになって実家を出て、ようやく自由(自分の家とお金)を手に入れたはずなのに、なぜ、まだこんなに不自由な思いをしているんだろう?」「なぜ、わたしは好きでもない男と同棲し、弁当を買い与えてパンツを畳んでいるんだろう?」「なぜ、毎日サービス残業しなければならないのだろう?」「なぜ、一生懸命勉強してきたのに、こんなに辛いことばかり続くのだろう」「なぜ、わたしは好きでもない仕事に1日14時間も費やしているのだろう?」「なぜ、生きるのはこんなにも苦しいことばかりなんだろう?」

 

日記を書くほど、「おかしい」という気持ちが強くなりました。毎日大学ノートに3頁ほど、ノートが真っ黒になるまでぎっしりと書き続けました。

ある日。

お風呂でシャンプーをしていると、A君が突然浴室のドアを開けて「別れよう」と言いました。突然どうしたのかと尋ねると、「日記見ちゃった」とひと言、言いました。

A君は、わたしが浴室から出るのも待たずに、出て行きました。荷物もほとんど無くなっていて「あとは着払いで送るか、捨てて」と書き置きがありました。

わたしは悲しかったし、申し訳ないことをしてしまったと思いましたが、後悔はしませんでした。彼が出て行って、とても気持ちが楽になったし、ほっとしました。

 

それ以来、わたしは少しずつ、自分の思っていることを口にするようになりました。反論があったら10回のうち1回くらいはきちんと言うようになりました。意味ないと思った飲み会の誘いも断るようになり、残業も減らしました。チームの人たちが白い目で見るのもおかまい無しに、定時で上がるようになりました。

そして、今年の6月、会社を辞めました。

 

長くなってしまいましたが、わたしは気付くことができました。「行動しなければ、何も変えられない」「我慢しても、何も変わらない」と。

会社を辞めてまだ三ヵ月ですが、個人事業主として開業し、今は不安ながらも自分の人生に納得することができるようになりました。今、死んでも、悔いはないと思います。

 

最初の一歩はどんなに小さくても良い。こわかったら、私のように日記を書くだけでも良い。何かアクションを起こせば、世界は必ずリアクションを返してくれます。

あなたがもし「変わりたい」と思っているなら、「我慢」をやめて、覚悟を持って、行動してみて下さい。あなたがその気になれば、いつでも、必ず、変わることは出来ます。

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