小学生の頃、授業中だったか何年生の時だったかは覚えてないんですが、学校の先生に「先生(30歳前後くらい)は今からプロ野球選手にはなれないけど、君たちは今から頑張ればプロ野球選手にも医者にも宇宙飛行士にもなれる。僕は君たちが羨ましい」と言われたことがあります。つまり、「子供には無限の可能性がある。頑張れば何にでもなれる」、とw

恥ずかしい話ですが、かなり最近までこの言葉を信じていました。この言葉って、一見「少年少女たちに勇気と希望を与える素晴らしい言葉」ですが、実際は逆で、ほとんどの子供たちにとって、この言葉は「呪い」になると思います。

子供「には」無限の可能性があるってことは、つまり老人には可能性がないってことですよね。「0歳の子供には宇宙飛行士でも大統領でも医者でもプロ野球選手でも、何にでもなれる可能性があるけど、100歳の老人が宇宙飛行士になれる可能性はない。つまり、時間と共に自分の可能性は減少していく」と言っているのと同じです。

こんな風に言われたら、めちゃめちゃ怖くないですか。焦りませんか。だってこうしている間も刻一刻と、自分の人生の可能性は失われていっているわけですから。まぎれもなく、この言葉は人を不安や恐怖に追い込む「呪い」ですよ。少なくとも、私にとっては呪い以外の効能はありませんでした。この言葉を子供に向かって軽々しく口にする人って、子供は成長して大人になり、老人になるってことを忘れてるんですかね。

 

なぜこんな言葉を吐くのか?

そもそもこの言葉で、子供たちに何を伝えようとしているのか、どうして欲しいのかが、よくわかりません。「頑張れば何にでもなれる、だから頑張れ」とか? だとすると、子供に頑張ってもらってどうしたいんでしょうか。頑張ろうが頑張るまいが子供の自由だし、「頑張る」ことは「幸せ」と同義ではありません。文字通り「先」に「生」まれただけの大人にそんなこと言われる筋合いはありませんよね。

何の根拠もないし、そもそも言ってる本人がそれを証明できてないことの方が多いですよね。小学校の頃から「学校の先生」や「サラリーマン」や「主婦」になりたかった人って、どんだけいるんでしょうか。私の小学校の卒業論文では、「宇宙飛行士」や「サッカー選手」、「医者」や「アイドル」ばかりでしたがw

 

想像するに、先生もしくはこれを言った大人たちって、キモチイイからどっかで聞いた耳障りの良い言葉を何にも考えずに唱えてるだけか、「自分はもう歳だから、今から〜にはなれない」と自分に言い聞かせたいだけなんじゃないでしょうか。子供に良いこと言って気持ちよくなってるつもりで、実はその言葉を向けているのは自分自身なんじゃないかと。

「医者やサッカー選手になりたかったけど、なれなかった35歳の自分」に対する言い訳です。たとえばこんな風に考えてるんじゃないですかね。

もう結婚して子供もできたし、今から家庭を顧みずに夢を追いかけることはできない。だから、せめて子供には自分が叶えられなかった夢を叶えて欲しい。

はい、すぐにやめて下さい。自分の夢を子供に叶えてもらおうって、意味がわかりません。誰が幸せになるんですか? 感動的な話としてこういうエピソードが出てくる映画とか小説もありますが、薄っぺらいですよね。追いかけたかったら自分で夢を追いかければ良いのに、自分でチャレンジして失敗するのが怖いだけ、もしくは今から夢を追いかけるのが面倒臭いだけじゃないですか。しかも、あろうことか子供や家族を言い訳に使ってる。結婚したのも子供作ったのも自分だろw で、挙げ句の果てに子供に夢を託すって、、、もう何がしたいのかさっぱり理解できませぬぅ。

 

色々言いたいことはあるのですが、反論は大きく二つです。

まず第一に、そもそもこの世に「何にでもなれる人間」なんかいないってこと。そして第二に、何かになるために「頑張る」こと自体、進む方向が間違っているということ。

何にでもなれる人間なんかいない

冷静に考えれば、たかだか一個の人間が「何にでもなれる」ワケがないんですよね。

まずわかりやすく能力面で、人間には差異があります。IQの高い人、顔が綺麗な人、記憶力の良い人、野球が上手い人、絵がうまい人、ピアノが上手い人、料理が上手い人、経営が上手い人、人を説得したり論破するのが上手い人、、、。よく「生まれ持った才能がなくても努力で補える」みたいな根も葉もない噂を学校やテレビなんかで耳にしましたが、誰ですかね?この意味不明な綺麗ごとキャンペーンを始めたのは。

子供に嘘はいけません。この世に「無限の可能性」なんて存在しないんですよ。めちゃくちゃ不細工で手足が短くてずんぐりむっくりの子供に向かって、「キミは将来スーパーモデルになれるよ」って言えますか? 同じように、パッと見わからないだけで、ピアノの才能ゼロの子や、運動神経最悪の子だっているんですよ。

「何にでもなれる」って言いますが、0歳の子供は宇宙飛行士になれる可能性があるんでしょうか? あるかもしれません。しかし、それは100歳の老人の場合とどれほど違うんでしょうか。極端な例ですが、1990年以降、日本人の宇宙飛行士はたったの9人ですよ。累計ですよこれ。総理大臣(16人)より確率低いですからw つまり、日本の人口130,000,000人中、9人です。確率0.000006923%ですよ。限りになくゼロに近いって点では、0歳だろうが100歳だろうが変わりないんですよ。

何が言いたいかというと、「人生の可能性に、年齢とか関係ないからw」ってことです。宇宙飛行士になれる人は宇宙飛行士になるし、スポーツ選手になれる人はスポーツ選手になるし、経営者になれる人は経営者になります。

「頑張る必要があるもの」に注力しても、一流にはなれない

例えば、「キミには無限の可能性がある、頑張れば何にでもなれる」という言葉に希望を見いだして、毎日練習に明け暮れてサッカー日本代表になった人もいるかもしれません。でもそれは、先生の言葉がなくても変わらなかったんじゃないかと思うんです。

なぜなら、本人にとって練習自体が辛くなくて「頑張る」必要がないものじゃないと、一流にはなれないからです。人間ってそんなに強くないと思うんです。辛いことを、先生がぽろっと口にしたひと言を支えに、毎日毎日「頑張り」続けるなんて、普通できないですよ。自分が楽しくて、やめられなくて毎日やっていたら自然とプロサッカー選手になっていた。そんなもんじゃないでしょうか。

 

予言者でもないのに、子供に向かって耳障りの良い希望的観測を力説するのは、ちょっと無責任じゃないかと思うんです。子供って、大人が思ってるより大人の言うことに影響受けますからね。私も、別に当時の先生や親たちに悪気があったとは思っていません。だからこそ今まで信じていたわけですし。しかし、言われた子供にとって悪気の有る無しは関係ないんですよね。

 

まー最後に。「キミは何にでもなれる」という言葉の呪縛に苦しんでいる人が、この記事を読んで少しでも解放されたら良いなと。