「新世界より」を読んで「小説家になりたかった自分」を思い出した時の話

カテゴリー 小説・シナリオ半熟セミナ

新世界より (上)

貴志祐介さんの「新世界より」という小説をご存知でしょうか? 2008年に第29回日本SF大賞を受賞した大作で、構想はなんと30年だそうです。アニメ化もされたのでご存知の方も多いかもしれませんね。

読者に「自分も小説家になりたい!」って思わせるほどの作品

私が「新世界より」を読んだ頃は、たしかまだ大学生でした。ちょうど、内定者パーティでこの本について誰かと話した覚えがあるので、就活に勤しんでいた時期だったかと思います。

集中力がなく、分厚い本などなかなか読破できなかった私ですが、貴志先生のファンだったので買いました。前評判もすごく高かったですし。で、これは一気に最後まで読めました。朝まで読むのが止められないって感覚は正直よくわかってなかったんですが、この作品に出会って始めて理解しました。次が気になって仕方ない、ページをめくる手が止まらない、終わってほしくない!って感じで。

「こんなすごい作品が一人の人間の頭から生み出されたなんて、信じられない!」というのが読後の感想です。完全なファンタジーの世界なのに、すごくリアルなんです。普通に、1000年後に有り得そう、と思わされる。リアルに感じさせるためにはディテールを相当作り込みまないといけないんですが、コレがすごいんです。新種の生物についても、その成り立ち、習性みたいなものがきちんと設定してあるんですよ。一つ一つ。丁寧に組み立ててあって、しかもそれが全て結末に向かって収束してる。iPhoneを一人でイチから設計して部品を作って組み立てるようなものですよ、こんなん。絶対無理。人間ワザとは思えません。凄すぎ。

 

私は高校、大学、会社と、ずっと流されて生きてきた人間なので、なんと言うか、こういう作品にあてられやすいんですよね。クラクラ〜っとなっちゃうw 小学生以降、諦めてすっかり忘れていた「小説家になりたかった自分」を思い出したくらいです。「こんな風に、自分もすごいものを創りたい!」って。

結局、その時は内定決まってたし勇気もなかったしでそのままサラリーマンになったワケですが、入社当初からの「3年で独立したい。そんで、いつか小説家になりたい」という思いは、サラリーマン時代の6年間、そして今も、ずっと消えなかったわけです。

 

ワンピースを読んで漫画を描き始めたり、久石譲のピアノコンサートに行ってピアノを始めたり、イケダハヤトやちきりんに影響されてブログを始めたり。

もしかしたら、あなたにも似たような経験があるんじゃないでしょうか?

素晴らしい作品には、人の「根本的な部分」を動かす力があります。

 

 

「新世界より」について貴志先生のインタビュー

個人的には、このものすごい作品、「どうやって作ったのか」が気になります。すごーく気になる。プロットとかどうやって組み立ててるの!?って感じです。

ということで調べてみたら、アニメ化に際してのインタビューでチョビッとだけ明かされていたので、載せておきます。

・この作品を書こうと思ったきっかけ

オーストラリアの動物行動学者コンラート・ローレンツが1970年に発表した『攻撃 悪の自然誌』という本を読んだのがきっかけです。そこに、人間というのは、元々の力が弱いがゆえに、同種を攻撃する抑制が非常に弱いということが書かれていた。その記述に着想を得て、こういう形の小説に仕上げるのに30年かかりました。

納得です。確かに、全編通してこの思想がコアになっています。ネタバレになるのであまり詳しく書きませんが、たったコレだけの記述から、あの広大かつ精密な世界が誕生したなんて、、、信じられない。構想30年って、、、想像すら出来ません(涙

 

・時代設定を”1000年後”という未来にした理由

いろいろな年代を検討した結果、ギリギリの折衷案として1000年後という未来に設定しました。理由のひとつは、異様な進化を遂げた動植物を描きたかったということ。それだと本当は1000年程度の期間では足りない。1万年とか10万年とか、それくらい時間を経た未来にしたかったのですが、そのいっぽうストーリーの都合上、現代文明の遺物みたいなものも残ってなければいけなくて。コンクリートの寿命とか、いろいろ調べた結果、1000年くらいならすり合わせることができるかなということで、この時代設定になったんです。

先にストーリーありきで、時代設定を検討したんですね。うーむ。

 

・なぜ、パラレルワールドにしなかったのか?

パラレルワールドという設定は、映画や小説など、いろいろな分野で使われていますし、ひとつの有効な手段だとは思うのですが、この作品ではそうしたくなかったんです。あくまでも現代の我々の社会と地続きで、この世界が出来上がったという設定にしたかった。読者にそう思ってほしかったんですね。小説は、主人公の早季が1000年後の子孫に宛てた手記として書かれているのですが、それは同時に彼らの先祖である我々に対してのメッセージでもある。そういう構造にしたかったんです。

そうなんです! 地続きなんですよ! ファンタジーなのに!

こんなに夢いっぱいなことってないですよ。ドラゴンボールを見ても「自分にもカメハメ波を出せるかもしれない」って思わないけど、新世界よりを読んだ後は「自分にも呪力(念動力)が使えるかもしれない」って思っちゃうんですよ。それくらいリアルで、今の自分と地続きなんです。

要は、読者に、自分は小説を読んでいる読者だってことを忘れさせるんですね。自分のこと、自分に関係あることとして、小説の世界を受け入れてしまう。ものすごいリアリティですよ。

実は私、「新世界より」みたいな小説を作りたくて何度も読み返しているのですが、いつも絶望します。最初は、「ストーリーを因数分解して、丸裸にしてやるぜ!」って意気込んで読み始めるんですが、すぐにそんなこと忘れて入り込んじゃうんです(馬鹿)。次の展開を知っているのに、上巻を読み終わったら下巻に手が伸びちゃう。。あぁぁ、もうなんの涙だかわかりません涙

映像化不可能と言われていた世界を、アニメ版「新世界より」で見事再現!

漫画版は個人的にはあまり好きじゃないのですが、アニメ版は素晴らしかったです!貴志さん自身も、このように述べられています。

この作品を映像化するにあたっては、アニメという表現が一番向いているのかなと思います。アニメは無限の可能性を持った分野。実写でも現代の技術を駆使すればいろいろな映像が作れますが、本物とのギャップが気になることも多々あります。特に見ている時に、「これは特殊効果だな」と思ってしまうところが一番の問題。アニメに関してはその境目がありませんから。

 

そうなんです。この作品、舞台が1000年後の日本だし、この世に存在しない生き物とか念動力(呪力)とかが登場するので、頭の中にイメージした映像が読者によってかなり異なると思うんですよ。それが映像化されることは、一つの「答え」の提示です。映像化する側はかなりのプレッシャーですよね。下手なモノ作ったら、原作ファンからクレームの嵐になりかねませんから。でもアニメ版「新世界より」は、良い意味で期待を裏切ってくれました。

子供っぽくなったら嫌だなーと思っていたのですが、音楽も世界観もキャラクターも全く崩れていません。原作の空気感を維持したまま、高度な技術で映像化されています。

原作だけ読んで、「答え合わせ」をしたいなと思ったら、アニメ版を観てみると良いと思います。もちろん、原作を読まなくても理解できるように作られていますが、個人的には原作を先に読んだ方が深く味わえるかと。いや、原作との違いを楽しめる、と言った方が良いかも。

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あれ、小説にリアリティを出す方法について書きたかったのに、「新世界より」をベタ褒めしただけの記事になってしまいました。。。まー私自身、研究中なのでまとまってなかったってことですね。すみません。でも、「リアリティ」に関してはホントお手本みたいな小説なので、悩んでいる方は読んでみて損はないと思います。もちろん、娯楽としても超一級です。

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