貧乏人に学校教育はいらない

カテゴリー 卑屈で塗り固めた深夜の本音トーク

広がる所得格差

世界全体でみるとグローバル化により格差は小さくなってきています。電気も通っていない家に住んでいたインドの農民が、中国産の携帯を持つようになったとか、そんなレベルです。

しかし日本だけに閉じた話では、貧富の差、つまり所得格差は広がっているんです。「みんなそこそこ裕福」、「みんな普通に生活できている」というバブル以降の常識はだんだん通用しなくなってきています。

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ジニ係数:所得分布の歪みを測る尺度であり0から1までの値をとる。1に近いほど所得格差が大きいことを意味している。

当初所得:雇用者所得、事業所得、農耕所得、畜産所得、財産所得、家内労働所得及び雑収入並びに私的給付の合計額。

再分配所得:当初所得から税金、社会保険料を控除し、社会保障給付(現金、現物)を加えたもの。

 

貧乏人こそ、「みんな」と一緒になって学校の勉強してる場合じゃない

そもそも「みんな」が出来ることって、価値が低いんです。ダイヤモンドが高価なのは、数が少ないから、貴重だからなのと同じで。だから基本的に、お金が欲しいんなら「みんな」と同じことやってたらダメなんですよ。

で、思うわけですが、貧乏な家庭が、無理をしてこれまで通り高校を出て大学も出てって頑張る意味って、どんどん薄れてきているのではないかと。中学までの、日本語の読み書きみたいな基本的な学習は必要だと思いますが、それ以降の、例えば微分積分とか水素イオン濃度の計算方法とか、アヘン戦争の年号とか覚えることに、何の意味があるんだと。

お金が余っていて使い道に困っている裕福な家庭ならともかく、日々の生活もギリギリ、老後の蓄えもないみたいな家が無理をしてまで高校や大学まで子供を進学させることはないと思うんです。

こんな記事を書くと「中卒じゃ働き口がない」って言われそうですが、そもそも「働き口を探さなければならない」という前提が間違ってると、私は思います。「どうしても大企業に勤めたい」「一生サラリーマンとして生きたい」なら学歴は必要です。しかし、もはや大企業に勤めていれば安心、生涯お金に困ることはないって時代はとうに終わってますからね。それを差し引いて、大企業に勤める価値って、私にはよくわからないんで。

学歴なんて何の価値もないと思いますし、人生に必要かって言われたら、小学生に持たせるスマホくらい必要ないと答えますね。東大でても内定とれない人がたくさん居るように、学歴の市場価値自体もどんどん下がっていますし。

 

もっと言ってしまえば、ボケーッとぬるま湯に浸かったサラリーマンになることの方が、今後は危険だと思います。今は海外から安くて優秀な人材がどんどん流れ込んできてます。最近、都内のコンビニとかファーストフードのバイトなんてほとんど中国人ですよ? 次はタクシー運転手とかウエイター、その次は電話オペレータとか事務職(正社員)、その次はSEのような仕事が、外国人に奪われていくでしょう。

つまり、誰にでもできる仕事から順に、単価の低い外国人に入れ替わっていくんです。この流れは絶対に止まらない。だって企業は利益を上げないと存続出来ませんから。「社長が人情派だから、社員を切り捨てるようなことはしない」? いえいえ。社長が人情派でも、余裕がなくなれば当然コストを削減しなければってなりますから。そこに全幅の信頼を置くのはどう考えても危険なんじゃないですかね。会社がコストを少しでも抑えようとするのは当然だし、それは株主に対する義務でもあるわけです。「儲ける」ことが会社の存在意義と過言ではありません。

そういう前提で考えてみて欲しいんですが、サラリーマンの方で、自分の仕事は自分にしか出来ない、と言い切れる人って少ないんじゃないでしょうか。

何が言いたいかというと、人生を人任せ、大企業任せにするのは、そろそろやめた方が良いってこと。自分の身は自分で守らないと。お任せモードで生きてきて、いきなり放り出されたらその時点でアウトですし。貯金もなかったら、ネットカフェ難民に一直線、なんてことになりかねません。それにクビになることに戦々恐々として、サービス残業をやめられないサラリーマン人生なんて、あまりに不自由だし、不幸です。

 

要は、「スキル」さえあれば良い

自分にしか出来ない仕事があればそれが一番良いのですが、一朝一夕では無理だし、時間をかけても結構難しいと思います。でも悲観することはありません。

既に、大企業に所属なんかしなくても、スキルさえあればフリーで食っていける時代になっています。少なくとも、フリーが生きやすくなってきている。例えば、PHPとJavaScriptで開発ができて、ホームページのデザインもできますって人なら、クラウドソーシングだけで余裕で生活出来てしまいます。

都心に住む必要もないし、そもそも日本に住む必要すらないので、生活コストはいくらでも下げられる。離島でもインドの山奥でも、ネットにさえ繋がれば良いんですから。大企業のサラリーマンよりよっぽど潤った生活が出来るわけです。

しかも開発スキルなんて、「みんな」が高校や大学に行って分子の質量計算とか無駄なこと学んでる間に、誰でも独学で余裕で身につけられますよ。「みんな」がリクルートスーツ着て暑い中就活してる頃には、海外で悠々自適生活を送ってるでしょう。逆に、サラリーマンとして積んだスキルって全然役に立たないんですよね。これは経験から言っています。結局、サラリーマン時代に積んだスキルって、「その会社のその部署」でしか活かせないんです。Javaプログラミングは出来るけど、そもそも設計ができない、サーバーが構築できない、DBが作れない、データ移行もできない。マネジメントもやったけど、管理する部下もいないし、、って。私はSEだったのでこういう例しか出せませんが、営業でも経理でも同じなんじゃないでしょうか。オールラウンダーほど組織の外で役に立たないものはありません。

 

お金持ちなら資本金があればいくらでも人生立て直せますけど、中流もしくはそれ以下の家は、もう悠長に、何にも考えずに「みんな」の真似しているだけではダメだと思うんです。そんな余裕をぶっこいてる場合じゃないと。いかに早い段階で、真面目に「どうやって生活していくか」「何をして生きていきたいか」を考えられるかが、幸せな人生を生きられるかの分かれ目だと思います。

貧乏人に学校教育はいらない” への2件のフィードバック

  1. 既に、大企業に所属なんかしなくても、スキルさえあればフリーで食っていける時代になっています。少なくとも、フリーが生きやすくなってきている。例えば、PHPとJavaScriptで開発ができて、ホームページのデザインもできますって人なら、クラウドソーシングだけで余裕で生活出来てしまいます。

    都心に住む必要もないし、そもそも日本に住む必要すらないので、生活コストはいくらでも下げられる。離島でもインドの山奥でも、ネットにさえ繋がれば良いんですから。大企業のサラリーマンよりよっぽど潤った生活が出来るわけです。

    しかも開発スキルなんて、「みんな」が高校や大学に行って分子の質量計算とか無駄なこと学んでる間に、誰でも独学で余裕で身につけられますよ。「みんな」がリクルートスーツ着て暑い中就活してる頃には、海外で悠々自適生活を送ってるでしょう。逆に、サラリーマンとして積んだスキルって全然役に立たないんですよね。これは経験から言っています。結局、サラリーマン時代に積んだスキルって、「その会社のその部署」でしか活かせないんです。Javaプログラミングは出来るけど、そもそも設計ができない、サーバーが構築できない、DBが作れない、データ移行もできない。マネジメントもやったけど、管理する部下もいないし、、って。私はSEだったのでこういう例しか出せませんが、営業でも経理でも同じなんじゃないでしょうか。オールラウンダーほど組織の外で役に立たないものはありません。
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    自分で実際に離島に暮らしてその様子を写真掲載してから言いなさい。自分がしてないかできないことを無責任に話すのは「ねずみの相談」と同レベルです。

    1. おっしゃる通りですね。申し訳ありません。
      この記事を書いた時はできると思っていたのですが、そう簡単じゃないなということも最近わかってきました。

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