どうしてもラストまで書けない? なら、シナリオを学べばいいじゃない

「小説を書きたいが、ぐちゃぐちゃになって頓挫してしまう」

「しっかりプロットを立てて書き始めたはずなのに、書いているうちにストーリーや設定、登場人物がドンドン変わって、収集がつかなくなってしまう」

「そもそもプロットの書き方がよくわからない」

こんな悩みを持っている小説家志望の方には「シナリオ」を勉強することをおススメします。シナリオ(脚本)とは、映画やテレビドラマを作る時に元となる、いわゆる「台本」のことですね。

小説やプロットにルールはないけど、シナリオにはあります。

わたしも小説がいつも最後までたどり着けずにグダグダになって放り出す、ということをくり返していた時期があり、色々な本でプロットの作り方を勉強したことがあります。でも、プロットって、勉強すればするほど、本を読めば読むほど、わからなくなっていくんですよ。抽象的なレベルで言っていることは共通しているのですが、具体的な書き方、プロットの組み方、となると本当に人それぞれ。てんでバラバラなわけです。

「アウトラインだけ書いて、あまり細かく決めない方がいい」という人もいれば、「マンガの箱書きみたいに場所や時間、人物の動きまで細かく書き込む」という人もいる。極端な人だと「プロットなんか書かない。ラストだけ決めておいて、あとは手が書くに任せる」とか「何も考えずに書き始めて一気にラストまで書ききったものをプロットとして、もう一度イチから書き始める(つまり、一冊分まるまる書いたものをプロットと呼んでいる)」いう強者もいます。

結局わかったのは「プロットに正解とか無い」ってこと。著者の経験や性格によって、書き方も違えば、構成要素や粒度まで、なにもかも違うんです。人の真似してもあんまり上手く行かないし、経験を積みながら自分で見つけ出していくしかないのです。

 

「じゃあ経験もなくスキルもなく、最後まで書き切ることすらできないワタシは、どうすればいいの? 向いてないの?」

いいえ、そんなことはありません。

 

小説が最後まで書けなくて悩んでいる人は、ミステリ作家向き

むしろ、緻密な構成を必要とするミステリ作家などに向いていると思います。何度も最後まで書き切れずに挫折しているという人は、多分「潔癖」なんじゃないかと。ちょっとでも矛盾するところが出てくると直したくなるし、手が止まってしまう。物語の不整合が許せない、途中で結末が変わることを許容できない。そんなタイプでは?

わたしも、サラリーマン時代はSE(システムエンジニア)をやっていたくらいなので、「直感に任せて突き進む」的なことは苦手です。ええ、理系女子ってやつです。(まぁ女子って歳でもないんですがそんなことはどうでも良いですね。すみません)とにかく、最初にきちんとした設計図をつくってから、ゴールに向かって真っすぐ進みたいタイプです。脱線を楽しむ、という感覚はあまりよくわかりません。

 

このタイプの人は、シナリオ(脚本)技術を学ぶと強いです。シナリオには小説(や小説のプロット)と違って基本的なルールがあります。シナリオで物語の骨組みを細部に至るまで「設計」してから、「描写」で肉付けして小説にする、という手順を踏んで執筆すれば、成功の確率はグンとあがるでしょう。

 

余談ですが「告白」で有名な湊かなえさんも、シナリオ教室に通ってお勉強されてたようです。「告白」の第一章「聖職者」はもともと短編シナリオを肉付けする形で書き上げた短編小説だったそうです。読んでいただければわかるのですが、この作品は章ごとに「短編小説」として独立しています。「ある事件」について、章ごとに視点(主人公)を変えながらストーリーが進行し、謎が明かされていくんです。これは構成としても凄く面白かったですね。まだ読んでいない方はぜひご一読をおススメします。勉強になりますし、もちろん娯楽としても一級品です。

小説とシナリオの一番の違いは、「描写」の有無

シナリオは映像にするための設計図ですが、小説は文章による「描写」で読者に映像をイメージさせて物語の世界に導かなくてはなりません。つまり、小説とシナリオの一番の違いは「描写」の有無です。逆を返せば、小説の命は「描写力」と言っても過言ではないのです。

小説の命は「描写力」。やりすぎるとイタい、やらなすぎるとつまらない。

 

小説は「地の部」と「セリフ」で書くのに対し、

シナリオは「柱」と「ト書き」と「セリフ」で書きます。

 

「地の文」はそのまま読者が読むので書き方は著者の自由です。しかし、シナリオは映像になることが前提なので、「今見えているもの」として書く必要があります。そのため、「柱」はシーンや時刻、「ト書き」はそのシーンの状況や人物の紹介や動きを表すという基本ルールが存在します。このルールがあるだけで、「創作段階で著者自身が混乱してしまう」という情けない状況をかなり防ぐことができます。

シナリオはまず、シーン(場所・時間)の指定する「柱」を立て、「ト書き」でその場の簡単な説明やそこにいる人物の紹介、出し入れ、行動(過度な表現は避けます)を書き、人物のセリフを書いていきます。基本的に、シーンが変わるたびに柱を立てて、ト書きとセリフというように指定していきます。

いきなり地の文を書き始めるのではなく、こうして作った台本を元に、「小説」として清書していけばいいんです。

小説は、基本的に文章とセリフで物語を進行させますが、書き方に指定やルールはありません。例えば、全編を人物の語りで展開させたり、手紙文で綴られる書簡小説、セリフだけのやり取りの小説もあります。一般的な書き方だと、文章で「情景」「人物」「人物の心理」の描写を行いながら、セリフを書いていきます。

さらに、小説の場合は「人称」と「視点」も著者によってそれぞれです。一人称(「僕は〜」「私は〜」の視点)、二人称(「あなたは〜」の視点)、三人称(「太郎は〜」の視点)があり、章によって一人称、三人称を混ぜる構成などもあります。

 

シナリオで「基本ルール」に従って物語の設計図をキッチリ作ってから、小説として「描写」でアレンジしていく。この手順を踏めば、100%最後まで書き切ることが出来ます。

 

p.s.

「書きながら、アレ? なんかおかしいな。前章と矛盾してる」とか「物理的に、ここからここまでこの時間で行けるはず無い! やばいどうしよう」みたいなポカで何度も書き直しているうちに、収集がつかなくなって投げ出してしまう。コレは悲しいですよねぇ・・・私も何度涙をのんだことか。

でも、シナリオを勉強してから、完結できなかった作品は一本もありません。あなたも悩んでいるなら是非、一冊手に取ってみて下さい。急がば回れ、ですよ。

末岐 碧衣
  • 末岐 碧衣
  • フリーランス のシステムエンジニア。独立後、一度も営業せずに月収 96 万円を達成。1986年大阪生まれ。早稲田大学理工学部卒。システムエンジニア歴 12年。
    2009年、ITコンサルティング企業に入社。3年目でコミュ障が爆発し人間関係が崩壊。うつにより休職するも、復帰後はコミュ障の自覚を持ち、「チームプレイ」を徹底的に避け、会社組織内においても「一人でできる仕事」に専念。社内外から評価を得た。
    無理に「チームプレイ」するよりも「一人でできる仕事」に専念した方が自分も周囲も幸せにできることを確信し、2015年フリーランスとして独立。

1件のコメント

  • 私は書くのが好きになってしまったので、プロットを書き出さなくてもでも書けるようになりました。ですが、人の性格も様々で、ネットにプロットを作る作らないは「芸風の違い」のようなものと言っていたのを覚えています。

    白戸さんはシナリオで書けるようになったのなら、正解。私は書くのが続けられるように好きになったのが正解と芸風の違いはあってもいいのかなと思います。シナリオの画像は大変参考になります。(私はこうやって人の技を盗んでいます)。

    プロットは言わば「万能ナイフ」の様なもので、包丁にも、カッターにも、はさみにも、爪切りにもなります。だから勉強するのに苦労するのです。マニュアルにした600ページはあるのではないかと思います。

    白戸さんが仰っている通り、シナリオを学べば物語の構造を理解できます。ただ、仰った通りの小説の命『描写』を学ぶ事ができません。できるのは小説を読んで、書く事くらいです。
    「『物語も学ばないといけない』『小説も学ばないといけない』。両方しないといけないってのが小説家の辛いところだ。覚悟はいいか。俺はできている」

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