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真のリーダーは人類の2%。世にいる社長とかプロジェクトリーダーって本当に「リーダー」なのか?

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どうも、白戸です。リーダーもマネージャーもシャチョサンも全て同じ意味で使っていた分際でこんな記事を書くのは恐縮ですが、良書をぜひご紹介せねばと思いますので、おつきあいいただけると幸いです。

さて、みなさんはリーダーとマネージャーの違いってご存知ですか?

例えば、プロジェクトの「現場責任者」みたいな意味でプロジェクトリーダー、とか○○チームマネージャー、とか名刺に書かれてたりしますよね。

この場合、プロジェクトリーダーは誤り。

現場責任者は、マネージャーです。

その根拠について、今回勉強したことをご紹介します!

リーダーとマネージャーの役割は真逆。

結論から言うと、リーダーとマネージャーの役割は対極にあります。

「火付け役」=リーダー、「火消し役」=マネージャーです。

ドラッカーの「マネージャーは正しく物事を進める人、リーダーは正しいことをする人」という名言は有名ですね。日本語訳だと分かりにくいですが、原文はこれ。

Management is doing things right, leadership is doing the right things.

rightとthingsが入れ替わっただけですが、意味は180度違うっていうね。とてもよくできた言い回しですね。

他の言い方もあります。

リーダーは疑問を投げかける人で、マネージャーは物事を円滑に進める人。とか。

まぁどれも意図していることは同じです。

リーダー(leader(=先導者指導者首領主将指揮官))とは、周りの人間よりも高い視座に立ち、疑問を投げかけ、人々の魂に火をつける人。

マネージャー(Manager(=支配人経営者管理者支店長部長局長幹事主事))は、決められた道筋に沿って、物事を円滑に進めるため、火を消す人。

会社の社長は「リーダー」か、「マネージャー」か?

会社とかだと、創業者がそのまま社長やってたりするので、経営者=リーダーという図式が成り立ち、勘違いしやすいですね。でも、経営者は厳密には「会社の経営を管理する人」なので、役割としては「マネージャー」なんですよね。

まぁ創業者=社長のケースって、創業当時は「俺が世界を変えてやる!」的なイノベーションに燃える尖った人(=リーダー)が、時を経て会社が大きくなると、従業員やら株主やらのことを考え出してどうしても保守的な方向に丸くなる(=マネージャー)必要があるので、混同しやすいです。

社長(創業者)が「この時点からマネージャーになった」みたいな明確な線引きって難しいですからね。

この考え方でいうと、ベンチャーの社長は「リーダー」。大企業の社長は「マネージャー」が多いかと。まぁ、Appleのスティーブ・ジョブズとかSoftBankの孫正義とか、大企業の社長なのにリーダーのまま尖ってる人もいますが、これは超例外パターンなので。確実に歴史上の偉人なので。

リーダーは、最初は1人。1人で始めて、人々の魂に火をつける。

リーダーは、最初は一人です。

簡潔に、リーダーのレシピを書くとするとこんな感じ。

①一人で考えて、一人で行動し始めます。

②それを見ていた周囲のほとんどの人は、「変な奴」で終わります。しかし、それでも一人で黙々と行動を継続していると、そのうち「なんか面白い奴がいるじゃん」と興味を示す人、手伝ってやろうとする人が出てきます。

③そうして周囲の人に応援してもらって、手伝ってもらって、行動の結果となる「成果」が少しずつ出始めます。

④すると、成果に引き寄せられてさらに「手伝いたい」という人が集まってきます。

簡単にいうと、これが「リーダーのレシピ」です。

「坂本龍馬」しかり、Appleの「スティーブ・ジョブズ」しかり、秦の始皇帝「嬴政」しかり。最初は巨大な影響力もなく、特別なスキルもありません。私たちと同じ「個人」からスタートしています。

漫画だと、One Pieceの「モンキー・D・ルフィ」なんてわかりやすいですね。海賊王になるとか言ってたのに、ソッコーで小舟が沈んで樽に入って漂流するとかwww

まぁ漫画じゃなかったらここで普通に死んで終わりですけどね。漫画なんで。

話を戻しますが、どんなに素晴らしいリーダーも、最初は仲間も味方もいない丸裸の状態です。

しかし、一人でも世間一般ではどんなに非常識でも、自分が正しいと思う方向に向かって、勇猛果敢に行動を起こすところが、唯一少しだけ、「普通の人」と違うのです。

そして、生まれた環境や学歴・才能などに比べたら「ほんのささいな意識の違い」に見える、この「たとえ一人でも、信念をもって行動する」という行動が、人の魂に火をつけるのです。

私なんかリーダーになれない、とか向いてないとか諦めてる人も、腐らず「人生でやり遂げたいこと」を探し、勇猛果敢に行動してください!

もしかしたら、あなたが世界を変えるかもしれませんよ。

リーダーは一番高い木に登る。それは危険なポジションである。

リーダーは人よりも高い視座に立ち、全体を見回し、どこへ行くべきか、どうすべきかを考える人です。

高い視座に立つ、というのは一番高い木に登ることと同様、とても危険な行為です。うっかり手が滑ったり、枝が折れたりしたら落ちて死んじゃうかもしれません。

また、木のてっぺんは見晴らしが良い反面、敵に見つかりやすく、狙い撃ちし放題のポジションでもあります。

もし高い視座に立って方向性を見極めたなら、行動を起こすのは一度木から降りてからにすべきです。つまり、頭に「全体マップ」を描きながら、地に足をつけて(周囲の人から見ても異常ではないように見える)行動するのです。

木の上から色々やろうとすると、ジョブズみたいに自分の会社から追い出されるみたいな、痛い目を見るかもしれません。

魂に火をつける人=リーダー

たまたま、最近キングダムという漫画(秦の始皇帝「嬴政(えいせい)」の幼少期から始まり、中華統一するまでのお話)を読んでいたので、「魂に火をつける人」=「リーダー」という概念がめっちゃ腹落ちしました。

嬴政が「もうダメだ。。。」ってなってる民衆を鼓舞する時の檄(げき)は、魂が震えるというか、魂に火がつきます。漫画なのに!

もう少し厳密にいうと、嬴政の檄文が素晴らしかったというより(もちろん素晴らしかったんですけど)、敵に攻め込まれて今まさに蹂躙されようとしている城に、本来は首都の王宮の奥深くで守られているべき「大王様」が自ら前線(の城)に出てきて、民衆を鼓舞し、共に戦う、という行動が、人々の魂に火をつけた、と言えるでしょう。

当時の一般庶民にとっては、「大王様」なんて一生姿を見るすら叶わない高貴なお方なのです。その、もうほとんど「神様」に近い大王様が自分の手の届くところにいて、自分たちに向かって「秦の子らよ、共に戦おう!」と演説しているのです。

そりゃ涙流して「ウォォォー!」ってなりますよね。私は秦の民ではありませんが、それでも泣きましたね。マジすごい。この漫画マジすごい。

絵が苦手とか歴史キョーミないとか言ってる私のような女性にも、こぞって読むべし!と自信をもってオススメできる作品です。

それでは!

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