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失ってはじめて、いらないものだったとわかることもある

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どうも、白戸です。

失ってはじめてそのものの大切さがわかる、という言葉があります。

最近、心のサプリ本(30分で読む軽い自己啓発本。定期的に摂取するとお手軽にメンタルが蘇るのでオススメ)の何かでこの言葉を見かけまして。

正直、ホンマかいなー?と。

「失ってはじめて〜」で後悔する未来を無意識に想像する危険

「失ってはじめて〜」というと、あなたは次にどんな文章がくると思いますか?

「家族のありがたみを知った」

「健康のありがたみを知った」

「彼(彼女)のことを好きだったと気づいた」

と答えた方が多いのではないでしょうか。

それはつまり、この文章が知らず知らずのうちに脳に刷り込まれているってことではないでしょうか。

この文章が”なんとなく”でも頭に入っていると、無意識のうちに「失う」ことを必要以上に怖く感じてしまう原因になるのではないかと。

確かに、実際失って後悔するものもありますが、かといって何もかもが「失くして後悔する」とは限らんじゃないかと。

先日、会話の流れは忘れましたが、いつもの夜の散歩中に母が「あんたは色々とモノも人間関係もホイホイ簡単に捨てるけど、年取って一人になった時に後悔するよ!」と警告してきまして。

確かに、母はモノも人も大切にするタイプの人間であり、私も母のそういう部分は「価値観が違うなぁ」と思いこそすれ、尊敬すべき点もあるなと感じています。自分には真似できないので(汗)

でも一方で、やはり現在の人やモノに囚われすぎているようにも見えるのです。要は、バランスが大事ってことですね。

「失ってはじめて」と聞いて反射的に、「ありがたみを知る」が出てくる人は、ちょっと「失う」ことに対する恐怖が強い傾向があるように思います。そういう人は、次の章で逆説を一緒に考えてみて、バランスをとってみましょう!

失ってはじめて、ありがたみを知る。もしくは肩の荷が降りるw

「失ってはじめて、肩の荷が降りた」という経験について考えてみましょう。

肩の荷が降りたパターン

失って良いものなんてこの世に一つもない、とは限りません。

例えば、私の場合は「会社人間としてのエリート人生」。

自分で言うのもアレですが待ってても誰も言ってくれないので、、、一応、早稲田を現役で出てコンサルとして働き、28歳で会社を辞めるまでは女だてらに年収600万稼いでたので、まぁ20代女にしてはエリート(元ですが)と言ってもそんなに怒られないかなって感じでした。

受験も就職も、それまでは人生における大きなイベントでは「ノーミス」で生きてきて、「一度でもミスしたら全てを失う」と戦々恐々としていた私にとって、「会社を辞める」と言う選択は、過去にコツコツ積み上げてきたものを全て捨て去る「ALL RESET」に等しい行為。ほとんど自殺ですよ。こんなもん。

でも、思い切って上司を会議室に呼び出し、パッと退職届を机に出した瞬間は、今でも忘れません。

「これでもう、取り返しがつかないな」と言う後悔の念と、

「これでもう、どんなにひどい失敗でもしていいんだ」と言う開放感。

これらが50:50で私の脳を揺さぶった感じ。脳が震えるぅぅう!!的なw

多分、今後の私の人生でこれほど勇気(決断エネルギー?)を要する瞬間ってもう訪れないだろうなと。だから、どんな失敗も怖くないし、いつでもまた「ALL RESET」できるわけです。

28年分をリセットできたんだから、5年10年くらいのスパンで築き上げたもの、ましてやそれ以下の経験なんて楽勝で「斬り捨て御免」できるのです。(もちろん、不必要にリセットボタンを連打するほど乱心してはいませんよ)

「肩の荷が降りる」って、こう言うことなのではないかと。

それまでは「ミス=出世コースから外れる=うだつの上がらないショボい社畜人生(or 生きるために結婚して文句の一つも言えない人妻人生)=人生オワタ=死」

と思い込んでいたわけです。

途中式を省くと、「ミス=死」www

そりゃ肩も凝りますよねって話です。

私の場合、割と早々に(社会的に)自殺したことで「どエライ肩の荷」を降ろしましたが、これ、当たり前ですが抱え込んでいる時間が長ければ長いほど重くなり、しかも捨て難くなります。私の感覚では、28歳って結構、自力で捨てられるギリギリのラインだったんじゃないかと。

もちろん人によるでしょうけど、おそらく30歳とかまで「ノーミス」で行ったら、天変地異が起きるとか余命宣告されるとか会社自体が潰れる、みたいな外的な環境の変化が起こらない限り、自力で肩の荷を降ろすことは、ほとんど不可能に近いくらい困難になるのではないかと思います。

なので、もし「どエライ肩の荷」を降ろしたいならお早めにやることをオススメします。

ありがたみを知ったパターン

そんな私ですが、会社辞めて一年間はほぼ無収入で、小説家に転身しようと新人賞に応募しまくったり、リア充の仲間入りを目論んでシェアハウスに住んでみたり、静かな環境を求めて一人福岡に引っ越したりと支離滅裂な感じでした。

先ほどの武勇伝とは打って変わって逆説的になりますが、「失ってはじめて、ありがたみを知る」って言葉は、この時期のためにあったとすら思えます。この時期は、マジ辛かった。いま振り返るとね。

当ブログの過去記事にはこの頃書いたものもあり、読んでもらえればわかると思いますが、まぁ不安定です。恥ずかしい。そして痛々しい。

そりゃそうですよね。一日中、狭い部屋に引きこもって本を読んだり筋トレしたり料理したりして過ごしていたので、自分の声がどんなだったか忘れるレベルで完全なるボッチ、ボッチ完全形態でした。自分では充実してると思ってたんですけどね。いまにして思うと、鼻で笑った瞬間に鼻水もちょっと飛び散っちゃうくらいの「勘違いしてんじゃねーよ」ですね。

当時のブログでは強がってますが、「あーあー、会社勤めしてた頃は良かったなーお金もいっぱいあったし、部屋も広くて綺麗だったし、素敵な男性もいっぱいいたし、もしかしたら将来も安泰だったんじゃないの?」とめちゃくちゃ後悔する夜もありました。女々しくてツライよーw

とても当たり前な結論

さて、自論を自分でひっくり返してお前は一体何が言いんだ、と怒られそうなので結論をば。

つまり、「何かを失う」と言う経験を、後悔するか、肩の荷が降りたぜ〜ヨカッタヨカッタ!と思うかは、単にタイミングによるよねって話です。

だから、失うことを恐れるなかれ!と、私は言いたい。

母も私もいい大人なので、面と向かって真面目にこんな話をしたりはしませんけどね。

編集後記

現在はこうしていろんな人に支えられつつ、結構好き勝手に生きています。応援してくださる方から仕事をいただき、会社勤めしていた頃と同水準の月収入を得られましたし、会社を作ると言ったらポンとお金(私の年収より遥かに高額)を出してくださったエンジェル投資家の方とも出会えました。まだ時期じゃないので手をつけてませんけどね(笑)

そんな感じの今、あの「エリートコース(?)」とでも言うべき生き方を捨てて、本当に良かったと思っています。

皆さんも、何かに必要以上に失うことを恐れているモノってありませんか?

この週末にでも、ぼんやり考えてみると面白いかもしれません。それでは!

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コメント

  1. たかしな より:

    はじめまして。
    家を探す時に退職予定な事を伝えるか否かの情報を探している途中で記事にひっかかり、非常に参考になりました。
    流れで他の記事も時系列バラバラで読ませて頂きましたが、ハズレ無しで全てが面白いですね。
    頭が良く、考える事を止めない人の本音というのはなかなかに見る機会がないものだと思います。
    これからも更新楽しみにしていますのでよろしくお願いします( ´∀`)

    • shiroto より:

      わぁ!ありがとうございます。
      楽しんでいただけたなら良かったです。

  2. ダイ より:

    はじめまして。
    はてなブログの、ユダヤ人大富豪の教えを試された記事からたどり着きました。
    銀座で実践したなんて、なんて素晴らしい行動力!
    白戸さんには、なぜか分からないけど応援したくなるような、不思議な魅力がありますね!

    • shiroto より:

      コメントありがとうございます。
      懐かしい、、、はてなブログの頃はまだ会社勤めしていました。ユダヤ人大富豪の実践は苦い思い出なので今でもよく覚えています(笑
      が、ブログにして残しておくとこういう素敵な出会いもあるので、恥かしいけど晒しておいて良かったです。
      今後も応援していただけるよう、頑張ります!