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母娘三代で過ごす2泊3日 in ど田舎での静かな時間、のはずだったが。。

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どうも、白戸です。

先日、母と二人で車に乗って、母方の祖母に会いに行ってきました。祖母の家は、静岡の掛川駅から山道を車で2時間、近所のスーパーまで車で1時間という場所にあります。控えめに言っても “ど田舎” ということになると思います。

当たり前のようにスマホは圏外。言葉もあまり通じません。そういう意味ではアメリカよりも遠く感じる、そんな場所です。

83歳、パーキンソン病だけど元気な祖母について

おみくじ中の祖母&母

祖母は現在83歳、10年前からパーキンソン病を患っていますが、早い段階から薬を飲んでいたおかげか、未だに一人で歩けます。さすがに田んぼはもう無理ですが、ハウスで野菜や花を育てて売ったり食べたりしています。すごいです。

ただ、ヨロヨロなのでしょっちゅう転びます。母と私は2泊3日しか滞在しませんでしたが、我々の見ている前で10回くらいは転びました。杖は持っているのですが、面倒臭いといってあまり使いたがりません。骨を折ったら大変なのは本人も承知の上。まぁたしかに、自分が同じ病気だったら、やっぱり極力杖とか使いたくないよねと思うかも。

おしゃべり大好き

病気のため、思うように筋肉を動かせず、しゃべるのも難しいらしく。

口のなかでモゴモゴしちゃうので90%は聞き取り不可能、9%は静岡弁のため聞き取れても理解不能。ぶっちゃけ、何言ってるのか全然わかりません。一度録音して逆再生したらわかるかもしれませんが、もしかしたらいい歳こいて独身・彼氏なし・実家暮らしの私に対する小言×9999かもしれないのでやりません。

そんなわけで、なんとか聞き取れた1%の理解可能な単語から内容を推測して返事もしくは愛想笑いをするという会話形式になりまして。推理力が鍛えられました。たぶん、あと1年くらい一緒に暮らしたら、シャーロック・ホームズばりの名推理で初対面の人の職業・家族構成・資産状況・趣味・犯罪の前歴などを百発百中で言い当てられるようになると思います。

母に似て、というか母に輪をかけて “おしゃべり好き” であり、基本ずっと喋っています。例えるなら、電波が非常に不安定な魔のデルタ地帯で壊れかけのレディオを延々聴いてる感じ。今かかっているのが曲なのかトークなのかお経なのか、何もかもが判然としない。そんな曖昧模糊とした音だと思ってもらえれば良いと思います。暗くて狭い部屋でこの音にじっと耳をすませば、常人なら24時間以内で精神崩壊に至ることでしょう。全裸に靴下だけ履いてカントリーロードを自転車で爆走した挙句、イタリアのバイオリン工房に留学すると言いだすかもしれません。

フハハハハ!!レリゴー!レリゴー!

食事には1時間+α

当然、食事にもかなり時間がかかります。

夕食後、食器を片付け、風呂に入り、クイズ番組を見ながら3人でまったりしながら祖母にどら焼きを勧めた際、「さっきのマグロ丼食べてるから、まだいい」と言われ驚愕のあまり母娘共々ショック死しそうになりました。

どんぶり1杯を1時間+αくらいかけて食べた計算になります。αは、口に物が入っているとは思わせないおしゃべりぶりだったため計測不能です。

築200年、祖母の家について

祖父は4年前に肺がんで他界。それ以来、祖母は人里離れた山奥の、築200年の古民家に1人で住んでいます。無駄に超広いです。

寝室2、リビング(?)1、居間1、風呂・台所・トイレ。今風にいうと2LDKですが、ひと部屋が20畳くらいあります。あと土間と縁側もあります。

ちなみに、縁側は私のお気に入りスポット。親戚の集まりとかで一人になりたい時は、いつもここに座ってぼんやりしていました。

今回は、スマホも圏外ということで、夜は川(家のすぐ隣にある)の音を聞きながら縁側で座禅。空気が澄んでおり、北斗七星がくっきりはっきり見えるくらい星がたくさん見えました。マジ最高。

真の闇とぼっとん便所

驚くべきことに、外にもトイレがあります。「ぼっとん便所」です。ぼっとん便所って何?というちびっこのみんなは、「ぼっとん便所ってなぁに?あ、あと肉便器ってなぁに?」とお父さんお母さんに聞いてね☆

みなさんは真の闇を経験したことはあるでしょうか? 私はあります。

自分の足も、前に突き出した手も、何も見えません。死んで体がなくなって意識だけの存在になるとしたら、こんな感じなんだろうな〜みたいな。

真の闇って、田舎でしかできない貴重な経験ですね。子供の頃は、祖母の家に遊びに来るたびに、トイレに行くのが怖すぎて大人に連れて行ってもらっていました。

懐中電灯で一寸先を照らしながら、トイレまで行くのです。すぐ先の闇に、何かが潜んでいるような、いまにも突き出した手になにか触れるんじゃないかというような恐怖。。

部分改築で傾く古民家

もともと、トイレは外のぼっとん便所オンリーだったのですが、さすがに祖母も高齢だし、トイレの度にいちいち外に出ていられないということで、親戚のおじさんが一部改築。

風呂の隣に洋式トイレを設置したのですが、古民家に馴染まなかったらしく(水の換気とかが甘かったとか、よくわかんないけどそんなんで)2年前に風呂場の床が腐って落ち、去年は台所の床が腐って落ちました。なので、再再改築。台所・風呂・トイレだけ新しいという、居間と台所を行ったり来たりするとタイムリップ気分を味わえる素敵ハウスになりました。

リビング(?)は、歩いているとじっとりした畳がゆっくりと沈み込む感じがたまりません。ビー玉を転がすまでもなく、家が受け入れがたいほど傾いているのがわかります。

家のすぐ隣に、今はほとんど使われていないので工場(こうば)があり、祖父が使っていた工具などがごちゃごちゃ置いてあります。大きさは、祖母の家の半分くらい、私が一人暮らしのとき住んでいた部屋の8倍くらいです。死ぬ。

母娘三代で過ごし、新たに発見したこと

初日は「高速は初めて」という母の運転で、一番左の車線をずっと80キロで走り続けた上、工事による渋滞に巻き込まれました。

命からがら高速を抜け、細い山道を2時間走り、軽く酔った状態で夜7時に祖母の家に到着。道中、普通にイノシシが出ました。

1年ぶりに会った祖母は、前回と全然変わりなく、また元気そうだったので安心しました。

ただ、母も私もお互いの運転とお互いの運転による緊張でぐったりだったので、その日は駿河湾沼津サービスエリアで買ったマグロ丼を三人で食べ、何もせずに寝ました。

お年寄りは、掃除ができない

翌朝、祖母と私は6時に起床。祖母は仏壇に挨拶し、味噌汁を作ってハウスの野菜の世話を始めました。私は気持ちの良い早朝の山道をランニング。このために来たと言っても過言ではありません。車も人もなく、川沿いの道をマイナスイオンを全身に浴びながら走るのはとても気持ち良かったです。

7時に帰宅、傾いた床で筋トレ&ストレッチし、右足をつりました。シャワーを浴びて出ると母が起床。おかゆレベルのゆるゆるのご飯を食べ、本格稼働開始です。

そう、掃除です。

83歳の祖母は、歩くだけでもヨロヨロなので、ぶっちゃけ掃除とかできないのです。さすがに祖母の生活動線は、箒とちりとりで軽く履いてはあるのですが、基本的に、床にはゴミ(食べ物のカス?とかホコリ?とか虫の死骸、ネズミの糞など)が散乱しており、ちょっと裸足では歩けない感じです。冷蔵庫の中はカビだらけです。

以前は綺麗好きであり、子供の頃遊びに来た時はいつもピカピカだっただけに少し気の毒ですが、祖母たっての希望での一人暮らしなので仕方ありません。

母は台所などの水まわり、私は全面掃除機がけ&洗濯&祖母の畑仕事の手伝いという役割分担で早朝09:00(まるきゅーまるまる)、作戦行動開始。

前述したようにひと部屋20畳ほどあるので、全面掃除機がけは結構きつい。普通の人より体を鍛えている30歳の私ですらキツイので、パーキンソン病の83歳の祖母がやるのは、そりゃ無理ですよねって話です。

気温は5度くらいだったのですが、汗だくになりながらあらゆるものを吸い込みました。終了時には紙パックが満タンに。とてつもない達成感にマジイキしそうになりました。

圏外になった時点でスマホはカバンの奥底にしまってしまったため写真を撮るのを忘れていたのが悔やまれます。

子供に金銭面で援助されるのを嫌がる親もいる

11:00に家を出て、町(車で2時間)まで祖母の日用品の買い出しに行きました。ヨロヨロする祖母を母と私で両脇で支えながら店内を練り歩き、計2万円くらいの買い物をしました。

毎回、レジ前で、祖母が財布から万札を出し、母が「いいよいいよ、私が払うから」というのを聞かずに祖母が強引に一万円札をねじ込むという寸劇を見せられ、ちょっと辟易しました。

祖母は自分の親に色々とお金を出してもらったらしいので、子供にお金を出してもらうのにかなりの抵抗を感じるらしい。結局、祖母は頑としてお金を受け取りませんでした。

帰宅後、前半戦の掃除と、後半戦の買い物&寸劇の疲れで、母と私はまたしてもぐったり。ピカピカのこたつに入り、ピカピカのテーブルに頬をつけてテレビを見た姿勢で動けなくなりました。

祖母は何かをしゃべりながら何やらウロウロしていましたが、母も私も反応するパワーが残っておらず、結構放置していました。その時、「あ、こんな感じでもいいんだ?」とちょっと新鮮でしたね。なんか。

ずっと話し相手になったり転ばないように気にかけたりしていないといけないような気になっていたのですが、無視していても祖母の様子に変化はなく、たまに反応するくらいでも全然OKな感じでした。

そのまま気絶するように眠り、首が痛くて起きると18:00でした。母が野菜を切り、私が豚を炒め、祖母はなんかウロウロし、夕食(豚丼)が完成。「女だけだとご飯が簡単でいいね〜」とほんわか和みながらいただきました。

有無を言わさない、それが母。

母はタバコを吸っているのを祖母に隠しているので、20:00を過ぎたあたりでふらりと「ちょっと夜空を見てくる」といなくなったりしました。祖母と二人きりの時間は、結構大変でしたね。「いつお迎えが来るかわからないから遺書を書いてる」的なことを言われ、大いに反応に困りましたね。近所の仲良しのおばあちゃんが息子の家に行っちゃうかもとか、ヘビーな話ばかりで、途中からビールの味がわからなくなりました。

早くもお葬式ムードに包まれた暗い居間でしたが、帰ってきた母が「もう、そんな話やめやめ!」とバッサリ打ち切ってくれたので助かりました。いつもは小言ばっかでうるさい母ですが、この時はなんか、すごいなぁと思いましたね。有無を言わさない明るさというか、そういうのって「屁理屈おばけ」でお馴染みの私には真似できないなぁと。

いくつになっても、女は女

祖母は誰に会うわけでもないのですが、毎日きちんとメイクし、肌の手入れをしています。その成果なのか、肌はすげー綺麗です。83歳なので、シワとかたるみとかはもちろんあるんですが、毛穴とかシミとかは全然ない。

たぶん、後ろからガッて髪の毛引っ張って顔の皮膚を伸ばしたら、20代の肌になると思う。

「えらいね、毎日ちゃんとメイクするなんて」と言うと、「お前もやれ」とガンギレされました。

あと “女” だな〜と感じた一件が、写真です。

祖母は近所の “寄り合い” という組織の一員らしいのですが、そこのおばあちゃん10人の集合写真を見せられて「誰が一番若く見える?」と聞かれました。

80代のおばあちゃんたちでも、誰が一番若く見えるかを競ってるって、なんかスゲーと思いましたね。祖母はその写真に写っている一人一人を指差しながら、「この人は86歳」とか「この人は82歳で一番若いんだけど、ばあばの方が若く見えるずら?」と語ります。

やっぱ幾つになっても女は女なのか。自分が80代になった時、どうなんだろ? 身なりとか気になるんだろうか……? 私のこれまでの想像だと、おばあちゃんになってあまり体が動かなくなったら、もう本と精神世界に没頭して、現実のこととかどうでもよくなってる感じだったのですが。人によるのかな? うん、とにかく、なんか斬新でした。

おわりに

田舎で静かな時間を過ごすつもりが、祖母が24時間営業でしゃべり続けていたので、あんまり静かではなかったですが、まぁそれ込みで楽しかったです(笑)2泊3日、あっという間でした。

帰りは運転に慣れた母が高速を100キロ越えで飛ばしまくったので、6時間くらいで帰宅できました。縁側での座禅と早朝ランニング、そして星空は最高でした。

子供の頃の思い出が残る祖母の家で過ごすのも、なんか感慨深いですね。弟と二人で忍び込んで工具にいたずらした工場(こうば)、父と鮎釣りをした川、祖父のトラックの荷台に乗せてもらって行ったしいたけ狩り、夏に親戚で集まってやったバーベキュー&花火。

あ、親戚の集まりのときいつも一緒だった子供グループ(弟、親戚の姉妹)は私以外みんな結婚していることを思い出しました。素敵な旅の思い出が台無しです。死にたい。

ともあれ、旅自体は楽しかったです。祖母とも母ともしゃべることなんてないと思っていましたが、別に無理してしゃべらなくてもいい空気感が心地よかったです。

母娘三代、それぞれ顔も性格も全然似ていませんが、なんか不思議な繋がりを感じる3日間でした。

それでは!

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コメント

  1. チコリータ より:

    静岡県出身の僕としては、県内のド田舎といったら「川根本町」とか「浜松市天竜区」が頭に浮かんできます。

    夕食の準備に全く貢献してないバアちゃん、なんだか微笑ましいですね(^ω^)

    • shiroto より:

      静岡出身の方にはわかってしまうのですね。ズバリその辺のど田舎ですw
      もう近かったら行きやすいんですけどね〜