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「何かのプロになりたい」という人の心理

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「なんでもいいから何かのプロになりたい」という人が欲しているのは、

”プロになること”ではなく”自分の居場所”です。

「何かのプロになりたい」という人の共通点

ネットの掲示板やYahoo知恵袋などでもたまに見かけますが、「なんでもいいから何かのプロになりたい」という人がいます。

なんのプロになりたいのかわからない、でも、とにかく何かのプロになりたい。

この「何かのプロになりたい」という心理の裏には、人に認められたい、頼られたい、必要とされたいという欲求があります。

こういう人の共通点は、自信がなく、実績もなく、現時点での自分を自分で認められない点です。自分には特別な能力がなく、自分は取るに足らない存在であることを自覚し、生きにくさを感じています。

そして、「何かのプロ」になることで、この生きにくさが解消され、自分は人から必要とされ頼られる存在になれると信じています。

今現在、自分の居場所がないから、「何かのプロ」になることで自分を特別な存在だと周囲に認めさせたいのです。多くの人に頼られ、必要とされる “自分の居場所” が欲しい、と。

自分が何者なのかわからない、何者でもない自分に焦りを感じるからこそ、プロフェッショナル性、つまり、他者と自分を差別化できる「なにか飛び抜けたもの」が必要だと感じているのです。

これは言い換えると、「なにか飛び抜けたもの」がなければ自分は存在してはいけないと思っている、ということに他なりません。

自信の欠如=アイデンティティの欠如

特別な能力がなければ自分の存在を認めてもらえないと感じているということは、イコール、今の”ありのままの自分の存在”を認めてくれる他者が近くにいないということです。さらに、そんな自分を自分で認めてあげることもできない。

他者(多くの場合は親)に”ありのままの自分”を認められてもらえないまま大人になると、自分を見失います。テストでいい点を取った時にしか認められなかった子供は、テストで悪い点を取る自分を認めることができなくなります。外見の美しさしか評価されなかった子供は、老いを恐れ、太ることを恐れます。

こういう “評価” しかされてこなかった人が持っているのは、「頭がいいこと」や「見た目がいいこと」に対しての自信ではありません。彼らが抱えているのは「頭が悪い」「見た目が悪い」と “評価” されることへの恐怖心です。

自信とは本来、他者の評価によって揺らぐものではありません。文字通り「自」分を「信」じていれば、周りがなんと言おうが関係ないのです。

「なんでもいいからプロになりたい」人は、自分の存在を自分で認めることができないから、周囲から承認してもらいたいのです。

彼らは、自分の評価<周囲の評価、で生きています。

自分が何をしたいのか、何になりたくて何を欲しているのかがわからないのです。「なんでもいい」気もする一方で、何をやっても満足できません。

これはとてもキツイです。

「何かのプロ」になっても、問題は解決しない

人間は社会性の動物であり、一人では生きていけないと言いますが、実は「自分は自分だ」と心底思っている人は、どんなに孤立していても楽しく生きることができます。そして皮肉なことに、楽しく生きている人が孤独ということはありません。

逆に、「自分は人の役に立たなければ存在してはいけない」と思っている人は、どんなに人の役に立てたとしても、何かの分野で第一人者になれたとしても、楽しく生きることはできません。

なぜなら、「テストでいい点を取った時だけ、認めてもらえる」という域からは全く脱していないからです。どこまでいっても、他人の評価に依存する自分から抜け出すことができません。つまり、いくら他人に認められても、自分で自分を認めることには繋がらないのです。

アイデンティティ(自己を自己として確信する自我、自己規定)は、他人から与えられるものではありません。自分で規定するものです。

年齢は関係ない。周りの意見も関係ない。

「何かのプロになりたい」と言うと、周囲からは

10代なら「あなたなら何にでもなれるよ」と言われ、

20代なら「あなたは何ができるの?」と言われ、

30代以降になると「もういい歳なんだから現実を見ろ」と言われます。

でも、そういうことを言われたり自分の年齢を考えたりして、落ち込んだり「自分はなんてダメなんだ」と思う必要は、全くないと思います。

なぜなら、年齢のことであなたを否定したり、現実を見ろと言う人もまた、あなたと同じで ”自信がない人” であり ”なにかのプロになりたい(もしくはなりたかったけど諦めた)人” だからです。

あなたを批判する人たちの意見とはつまり、「自分は諦めたんだから、お前も諦めろ。じゃないと不公平だろう」です。

なぜ、こんな意見を真に受ける必要があるのでしょうか?

彼らはあなたの何を知っているんでしょう? 彼らはあなたのことをあなた以上に真剣に考えてくれていると思いますか?

あなたのことを一番真剣に考えているのは、あなた以外にありえません。誰よりもあなたのことを考えている、という親も、あなた以上にはあなたのことを考えていません。

誰がなんと言おうと、批判されたら「つかお前、誰だしwww」と思ってればいいのです。

「何かのプロになる」のは、あなたの自信のなさを解決する方法ではありませんが、悪いことでもないと思います。何もせずにあなたのことを批判するような人たちより、よほど素晴らしいですし、前向きです。

年齢も関係ありません。

たしかに、プロになるにはそれなりの時間が必要なことが多いですし、実際、頑張ってもアマチュア止まりで終わってしまうかもしれません。しかし、あなたが自分のことを大切に考え、決断したことなら、誰にそれを否定する権利があるんでしょうか?

自信=アイデンティティの作り方

前述した通り、自信は「何かのプロになる」ことでは形成されません。他人の言葉に惑わされず、自分の心の中から湧き出てくる声に耳を澄まし、自分の欲求に正直に行動することで形成されます。(もちろん犯罪はダメですよ!あくまで法律の範囲内で)

具体的には、「親がバカにしている職業だから」とか「同世代でこんなことしてるヤツいないし」とか思って視界から消していた”実はやってみたいこと”を、ひとつずつやってみることです。

これまで人の言うことばかり聞いてきたから、今の”自信のない自分”、”居場所のない自分”、”何がしたいのかわからない自分”になってしまったのです。だったら、アイデンティティある一人の人間として、自我を持ち、揺るがぬ自信を形成するためには、自分を他人より優先し、自分を大切にすることです。

余談ですが、わたしの場合は、配送や清掃のような体を動かす仕事、このブログを更新すること、小説を書くこと、動物の世話、などです。

どれも即お金に結びつかないし、親は「なんとも貧乏ったらしい」とバカにするようなものばかりです。事実、私が配送の仕事を始めたことを知った父は激怒しました。

しかし、私は「怒られるようなことは何もしていないし、あなたに怒られる筋合いもない」と言い返しました。

父は父の都合(親戚にばれたら恥ずかしい、歳をとった自分が楽をできないetc…)で、私に配送の仕事などして欲しくないと思った(とわたしは感じた)のでしょうが、私には私の都合があります。

もしかすると私の将来を心配しての言葉かもしれませんが、わたしがやりたかったんだから仕方ありません。

人の意見に耳を傾けることも大切ですが、そればかりしてきて自分を見失ったと感じるなら、もう耳を傾けるのはやめにして、自分の意見を押し通してみてはどうかと思うんです。

そして、自分の人生において、自分の都合よりも他人の都合を優先しなればならない理由もありません。親であれば育ててもらった恩はありますが、だからといってなんでも言うことを聞く奴隷にならなければならない、というわけではありません。

恩返しなどいくらでも方法はあるわけですし、そもそも恩返しは強制されてするものではありません。

せっかくこの自由の時代に生まれたのに、誰かの奴隷として生きることはありません。

自分の人生は自分で守らなければ、誰も守ってくれません。

親によっては、子供を育てたのだって、法律上、育児放棄したり殺したりできないから仕方なく、かもしれません。(そうでないことを願いますが)

親であっても、所詮は他人。

みんな自分の都合でものを言うし、自分の意見と違えば批判します。正しいかどうかなんて、所詮は私にとっては正しいけど父にとっては間違っている、という程度のものにすぎません。誰にも未来は予測できないし、自分の幸せを他人に理解させることもできません。

逆もまた然り。

自分がわからない、自信がない、という人は、どんなに小さなことでも、自分のしたいことを少しずつでもすればいいと思います。もし間違っていても、「あ、これは違ったんだ。違うことがわかってよかった。じゃあ次は…」でいいんです。誰もあなたを責めないし、責められる筋合いもありません。

再スタートに、年齢も他人も関係ありません。

前を向いて、自分の人生を生きましょう。

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コメント

  1. conft より:

    はじめまして。
    グーグル検索で仕事でプロを目指す理由の深層心理を調べていたところ、
    こちらの記事にヒットし内容を拝見させていただきました。

    特に “「何かのプロになりたい」という人の共通点” と “自信の欠如=アイデンティティの欠如” の考察は感銘を受けました。
    非常に核心をついているかと思います。
    きっとこれらの記事の内容は貴方が過去にこれらの本質に至る様な状況にあったからなのでしょうね。

    ただ、私はまだ “「何かのプロ」になっても、問題は解決しない” には至っておりません。
    それゆえ、何かしらのプロになれた後も本当に貴方の言う “「何かのプロ」になっても、問題は解決しない” の
    状況が待っているとしたら、それは覚めない悪夢のような恐ろしさを覚えます。

    • shiroto より:

      コメントありがとうございます。

      覚めない悪夢とは、、、不安にさせてしまったならすみません。
      過去記事なので読み返してみました。

      今、改めてちょっと加筆させていただくとすると、「何かのプロになっても問題は解決しない」はちょっと違うかもなと。
      というのも、「何かのプロになりたい」からスタートしたとしても、自分で「たとえば、●●のプロになれたら素敵だなぁ」と自ら考え、実際にプロになるために具体的な行動を起こして頑張る過程で、自信やアイデンティティは勝手に芽生えてくると思うからです。
      要は、「人に言われて行動する」のではなく「自分で決めて行動する」のが大切かなと。

      なので、とにかくまずは動くことが先決!不安になる必要は全然ありませんので、頑張ってくださいね!

  2. 梶山 より:

    はじめまして!
    僕はこういう類のブログをすごく冷ややかな目でみていていつも「はいはい」ってかんじだったんですが、なぜかこの記事には心が打たれました。もちろん、この記事を読んで直ぐに何かがかわりませんが一緒頭の片隅に残る内容です。ありがとうございます。※ちなみにこうしてコメント残すのも初めてなくらいです

    • shiroto より:

      コメントありがとうございます。
      頭の片隅にでも残していただけて光栄です!