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志なき者は、虫(無志)である。志ある者は、無私である。

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前回、『誕生日とは、プレゼントをもらう日ではなく、親に感謝する日。』で全ての幸福へ至る初動動作とは「親に感謝することである」という記事を書きました。

個人の心のあり方としては、親に感謝して大切にすることで幸福になれます。しかし、ヒトは一人では生きてません。社会と関わる必要があります。社会の中において、ヒトが幸福になれる道とは何でしょうか?

そのひとつの答え、というより、もっとも大切なものは「志」なのではないかと。

幕末の志士が抱いた「青雲の志」

青雲之志

徳を磨いて、立派な人物になろうとする心。また、功名を立て立身出世をしようとする心。▽「青雲」は雲の上の青い空を意味し、高位・高官、立身出世のことをいう。

吉田松陰は「人生においてもっとも基本となる大切なものは、志を立てることだ」と説きました。そして志とは何たるかについて、こう言っています。

志というものは、国家国民のことを憂いて、一点の私心もないものである。その志に誤りがないことを自ら確信すれば、天地、祖先に対して少しもおそれることはない。天下後世に対しても恥じるところはない。

さらに志を持ったら、持っているだけではなく、その志すところを身を以て行動に現さなければなりません。その実践者こそをが志士であるとする吉田松陰は、志士のありよう、覚悟についてこう述べました。

志士とは、高い理想を持ち、いかなる場面に出逢おうとも、その節操を変えない人物をいう。節操を守る人物は、困窮に陥ることはもとより覚悟の前で、いつ死んでもよいとの覚悟もできているものである。

かっこいいですね〜

志なき者は、虫(無志)である

ビジネス書や自己啓発本には、この「志」の重要性を示唆しているものが多くなってきたような気がします。「社会貢献すること」「幼少の夢を思い起こすこと」「高い視座に立って全体を見ること」etc…

どれも大切だとは思いますが、いずれも吉田松陰の言う「志」の核心はついていないと思います。「夢」と「志」を混同しているものも多い。

「志」というのは、なによりも「無私」であってこそ、その呼び名に値するものです。吉田松陰の言葉に「志なき者は、虫(無志)である」というのがあります。

法則の法則―成功は「引き寄せ」られるか』という著作の中で、一条真也さんは「志あるものは、無私である」と上手いこともじっていますが、要するに

夢=自分が幸せになりたい

志=世の中の多くの人々を幸せにしたい

であると。

自分が幸せでない人に、志は絶対持てない

志とは「夢の向こう側」にあるのではないかと。つまり、自分がまず幸せにならないと、他人の幸せを願うことはできないのが、ヒトという生き物の本質だと思うんです。

自分ががぼがぼ水飲んで溺れながら、隣で浮き輪で浮いている人を見て「この人を幸せにしたい」とか「自分はこのまま死んでもいいけど、世界が平和になりますように」とか思わないでしょ。マズローの五段階欲求説にもある通り、まずは低次の欲求を満たさないとその上の欲求は感じられないように出来ているんです。

hierarchy-of-needs-plan

ここで言っている「幸せ」というのは、お金をたくさん持ってるとか、才能に恵まれているとかいう対外的な尺度で計れるものではなく、「本人が幸せだと感じているかどうか」ということです。

前回、『誕生日とは、プレゼントをもらう日ではなく、親に感謝する日。』で幸せとは感謝することから生まれるという話をしましたが、言い換えれば、感謝を知らない人がいくら口先だけで「私(オレ)は世界が平和になってほしいと本気で思っているんだ!」と言ってもサムいだけなんです。

そういうサムい人、周りにいませんか? うさん臭いなーと感じる人、あやしい新興宗教の教祖様、笑顔がぎこちない人、ペラッペラの正義を振りかざす人、色んなバリエーションがありますが、みんな同じです。偉い人の前では媚びまくって、反動なのかなんなのか知りませんが自分より弱い人(レストランの店員、家族)を怒鳴りつけたり。

いつも不平不満、愚痴、泣き言を言っている人が、都合のいい時だけ「世の中の人のために、ボランティアをやりたい」とか言うと不快に感じるのは、それが口先だけのキレイ事だと直感でわかっているからです。

松下幸之助やビル・ゲイツ、ユニクロの柳井社長、孫正義が同じことを言っても、キレイ事ばっか言いやがってとは感じないでしょ。

あ、もしそれすらも「口先だけのキレイ事を言いやがってクソが」と不快に思うのであれば、それはあなたが「感謝を知らない人」である可能性が高いです。(数年前のうつだった私はそうでした)

逆に、心の底から感謝を知っている人、幸せな人というのは、まとっているオーラ(この言葉はあんまり好きじゃないんですけど、他にぴったりの表現のがない)が違います。堂々としていて、肌艶がよく、いつもニコニコ上機嫌です。人によってコロコロ態度や主張を変えることもありません。

この人たちは、感謝を知り、「自分は幸せである」と知っています。

だからこそ「この幸せをおすそわけして、もっと幸せになりたい」となるし、「次は、自分の周りの人を幸せにしたい、世の中の多くの人の役に立ちたい」と本気で考えるのだと思います。

世の中の役に立ちたかったら、まずは自分が幸せになることを考えた方がいいと、私は思います。

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