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会社の「エンジン」になるか「燃料」になるかは新人研修で決まる

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前回の「新人研修の「同期は一生の宝物」教にまったく付いていけなかった件」に引き続き、「新人研修とその後の会社人生」について考察してみました。

いくら考察しても、ぶっちゃけ一番最初(新人研修)が一番大切だということは不変的事実です。

サラリーマンで言うと、夏から秋にかけて一括採用された新人は、出身大学とかあまり関係なく横一列でスタートしています。就活では面接官も違うし、数分しか見ていないわけですから、まだその時点では点数付け・順位付けは行われていません。

入社後、社会人としての最初の順位付けは、新人研修で行われます。

経験から言わせてもらえば、ここで良いスタートを切れるかどうかが、今後3年、5年、10年、下手したら定年までのサラリーマン人生の明暗をわけると言っても過言ではありません。(途中で辞めちゃったら関係ないケドネ★)

エンジンになるか、燃料になるか

会社が車だとすると、入社したての新人はいわば車の規格に合う可能性の高い「部品」なのだと思います。どういう大学を出ているか、何歳か、きちんと予習(志望動機)してきているかといった厳しい「品質チェック」で最後まで弾かれずに通過した、その車にとっての「原材料」なのです。

新人研修とは、その良品を車(会社)にピッタリはめられるように成形し、面取りし、車と同じカラーに塗装するという工程です。ベンチャー企業のように「そもそも部品が足りない」という車なら、最初からエンジンなりハンドルなりという花形に抜擢される可能性もあります。

しかし、ある程度大きくて安定した車では、エンジンのように重要な部品は既にあって安定稼働しているんです。しかも予備のエンジンもたくさん積んでいる。だから、必然的に予備のエンジンよりも、重い車体を動かす「大量の燃料」を必要とします。

そんな中、新人は研修を出たらどういう役割になるでしょう?

運が良ければ「予備エンジン(幹部候補)」、多くはあってもなくてもいいようなパーツ、悪くすれば「燃料」です。

「燃料」のミッション

「燃料」のミッションをご存知でしょうか。

はい、文字通り燃え尽きることです。一度「燃料役」に抜擢された新人は、正直にいうと絶対にエンジンにはなれません。文字通り命の火を燃やして残業しまくり、「そのプロジェクト(部署)のそのシステムの中でしか使えないスキル」の習熟度をひたすら高めていくことになります。

では、そのプロジェクトが終わったらどうなると思いますか?

他のプロジェクトでは全く使い物にならないんですよ。だから部品に昇格、ということはありえない。そういうのは、部品採用された「あたらしい新人君」のポジションです。つまり、また燃料になるしかないんです。今度はまた同じように、「そのプロジェクトのそのシステムの中でしか使えないスキル」を身につけることになりますが、結局それは自分の血肉になっているわけではないんです。

新人研修で ”出来が悪い” のレッテルを貼られてしまった時点で、その会社で出世するのはもうめちゃくちゃ難易度が高くなってしまいます。RPGをスーパーハードモードでプレイするようなものです。スライムにボコボコにされて、レベル上げすらままなりません。

自分が最初の洞窟で何度も全滅して四苦八苦している間に、隣でイージーモードでプレイしている幹部候補の同期は、どんどんボスを倒して次へ次へと快調に先に進んでいきます。

一人で部屋でやっているゲームだったら難しければ難しいほど面白い!と感じるかもしれません。ハードモードでも自分は勇者には違いないですからね。でも、リアルの世界だとなかなかそうもいかないんです。

石の上にも三年? いつの時代の話ですか。

貧乏人は良い教育を受けられず、より貧乏に。

金持ちは良い教育を受け、親から支援されながら事業を成功させ、より金持ちに。

美人はイケメンと結婚して美人の子供を産み、ブスは不細工と結婚して不細工な子供を産む。

本を出すような大成した一部の「成功者」を除いて、ほとんどの人たちはこの連鎖から逃れられません。

20代の人は特に、「あー、このままだとエンジンに出世できる見込みもないな」とわかっら、その時点でさっさと切り替えて自分のスキルを磨くことにシフトした方が良いと思います。

手に職さえあれば、どこでもやっていけるんですよ。でも、逆に「その会社のその部署(プロジェクト)のそのチームのその役割」のように全く応用の利かない仕事ならば、そこに20代の貴重な時間とエネルギーを費やすのは、はっきりいってムダ。

石の上にも三年とか言いますが、このスピーディな情報化社会の世の中で、そんな悠長にまだ電気も発明されてなかった時代の教訓を妄信してひたすら耐えるのは、愚の骨頂です。

「我慢して努力を続ければいつか報われる」と信じていたキラキラ系の同期がいました。

本当にそうでしょうか? わたしは今でも懐疑的です。というか反対です。

コツコツ努力を続けることよりも、努力の方向性の方が大事

努力を続ければいつか報われる、という言葉にも真実は含まれているとは思います。しかし、努力の方向性がそもそも間違っているという可能性もきちんと考慮すべきではないかと。

プロ野球選手になりたかったら、コツコツとバッティングの練習をすれば良い。

大学教授になりたかったら、院に行ってドクター、助教授、教授と登っていけば良い。

でも、一流のシステムエンジニアになりたいのに、毎日ソースコードを見ることもなくひたすら打鍵(モンキーテスト)を何年も続けるというのはどうなんでしょう?

それって、「下積み」ですらないですよね。もちろん、テストをすれば「こういう画面遷移だと使いにくいな」という感覚は身に付くかもしれません。でも、それだけです。何年も費やして学ぶことではありません。週末の2日間、いろんなWEBシステムを触りまくれば学べるレベルのことです。

プロ野球選手になりたいのに高2になっても球拾いしかしていない、というのは「おかしい」と気付かなければなりません。コツコツ球拾いしていれば甲子園に出れますか? プロになれますか?

また、あなたが上の立場(燃料を使う側)だとしたら、どうするでしょう。

同じくらいの能力で、まだまだ元気な23歳とくたびれて燃え尽きかけた26歳がいたら、どっちを使いたいと思いますか。どっちに「エンジン」になるチャンスを与えたいと思いますか。どっちの方が、良い「エンジン」になる可能性が高いとおもいますか。

格言は元気が出ていいこともありますが、妄信してただ運が巡ってくるのを待つのではなく、自分の現状から冷静に未来を予測することの方が大切なシーンもあります。もしスタートダッシュに失敗したという自覚があるならば、ずるずるとしがみつくのではなく、とっとと別の会社に転職するなり独立するなりした方が良いと思います。

会社へのしがみつきって、マジで時間のムダ以外の何者でもありませんから。

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