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結末なんて何でも良い

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小説の「オチ」がコレで良いのか不安だ……という人。

筆を止めるくらいだったら、「結末なんて何でも良い」くらいの気持ちで書き進めた方が良いと思います。というのも、読者って実は、作り手が思うほど「結末」に重きをおいていないからです。

小説は「締切」がないと完結できない初めてラストまで書けた時のはなしでも書いたのですが、小説を完結させるのって結構プレッシャーがあるんですよね。

伊坂幸太郎さんのアヒルと鴨のコインロッカーとか貴志祐介さんの新世界よりとか湊かなえさんの告白とか読むと、「こんなすごいオチを用意しなきゃいけないのか!超難しいじゃん」って思っちゃうんですが、実は必ずしもそういうワケじゃないんじゃないかと。

ONE PIECEはなぜ読まれるのか?

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少年漫画って非常にわかりやすいんですが、読者には「最後は絶対、ルフィ(主人公)が勝つ」ってわかってるじゃないですか。でも、毎週毎週、読んじゃいますよね。

それってなぜなんだろう?って考えた時、「結末」って実はそれほど重要じゃないんじゃないかと思い至りました。

キャラクターがいて、そいつが次に何をするか、どんな感情になって何を言うのかはすごく気になる。でも、別に「結末」ってそんなに気にしてないんですよ。

ルフィや孫悟空が勝つとわかっていても、その過程にある戦いや葛藤を、読者は読みたいんです。デスノートだって、月(ライト)がホントに「新世界の神になる」という結末でも良かったと思いませんか? あの作品の一番の魅力は、月vsLという「天才同士の対決」であって「決着」ではありません。言ってしまえば、Lが勝とうが月が勝とうが、読者はどっちでも良かったんです。

つまり、「結末それ自体」よりも、結末に至るまでの「葛藤」とか「人物の成長」が、物語の一番のうまみだということです。

ミステリは「オチ」が命?

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前述したミステリ小説(アヒルと鴨のコインロッカー新世界より告白など)や、漫画だと「20世紀少年」とか「進撃の巨人」みたいなミステリ要素の強い作品ではどうでしょう?

「ものすごい大きな謎」が最初にあって、謎が謎を呼びながら物語が進行し、最後の「オチ」で全てが明らかになる、というパターンです。この場合、正真正銘「オチ」が命です。

ただ、わたしはミステリの場合も、実は作り手がすべきことは同じだと思うんですよね。つまり「オチそれ自体」よりも、「いかに『オチ』を盛り上げるストーリー展開にするか」が重要だと。

いわゆる「どんでん返し」の手法は、謎を明かす順番をうまく配置して、読者の予想を意図した方向に誘導し、最後にそれとは全く別の解決をくっつける、というものです。もちろん、実際やるには綿密な計算が必要で、技術的な難易度は普通の小説より高いんですけどね。

つまり、「オチ命」のミステリの場合でも、実はオチに至るまでの過程の方が重要だということです。

というかそもそも、ミステリの場合は「途中でオチが不安になって悩む」という事態には成り得ないんですけどね。だって、オチは最初に決まっているから。

わたしは昔、完全にそれで失敗したんですが、ミステリを書いているのにオチが決まっていないというのはおかしいです。かなりの確率で、作り方が根本的に間違っています。「サスペンスとミステリの違い、説明できますか?」で書いた通り、ミステリは「予告」です。結末をまず最初に置くのがミステリだからです。

まとめ

どんな物語でもイチバン重要なのは「結末それ自体」ではなく、結末にたどり着くまでの「葛藤」を大きくして「読者を揺さぶる」ことなんです。

だから「オチ」についてあまり不安にならず、オチまでの道のりを思い切り楽しみましょう!ということで。

最後にわたしの好きな応援ワードをひとつ。

Boy, go and follow your heart. And you’ll be fine at the end of the line.(心のままに行け。最後はきっとうまくいく)

ボブ・ディラン

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