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スカイ・クロラの原作がお洒落すぎる件

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最近、昔読んだ小説を読み返すことが多いのですが、プロとして執筆でお金をもらえるようになった今、改めて読み返してみると新たな発見の多さに驚きます。

サラリーマン時代の私は、素晴らしい作品に出会うと必ず「小説家になればよかった」と後悔したり憂鬱な気持ちになりました。しかし、小説家になった今は、逆に「小説家になんかならなきゃよかった」と思ってしまうんです。要するに「こんな難しいの、わたしには無理」って弱気になるんですよ。もちろん、人は人だし自分は自分なんだから、真似しようとしたり優劣を比較することに意味なんてないって理解はしているんですが、気持ちの面ではなかなか上手く割り切れません。

どっちにしろ憂鬱になるとか、ホント救いようがないですね……w

とにかく、百聞は一見に如かず。わたしの好きな文章を抜粋してみました。

お洒落すぎるスカイ・クロラの世界

仕事も女も、友人も生活も、飛行機もエンジンも、生きている間にする行為は何もかもすべて、退屈凌ぎなのだ。

煙草がまだ半分ほど残っていた。人生と同じで、途中で踏み潰すわけにはいかない。

これがどんな種類の感情かちょっと簡単には説明できない。寂しい、悔しい、虚しい、あるいは、憤り、やりせなさ、焦り、どれも違うような気がする。どうにか近いものといえば、眠い、くらいだろう。(中略)たとえば、子供が振り回す棒で首を刎ねられた雑草がこんな気持ちかもしれない。ようするに、最悪の状態だということだけは間違いない、と思う。

彼は大人で、戦争を知らない世代だったのだ。
僕たち子供の気持ちは、大人には決してわからない。
理解してもらえない。
理解しようとするほど、遠くなる。
どうしてかっていうと、理解されることが、僕らは嫌なんだ。
だから、理解しようとすること自体、理解できていない証拠。
僕一人に任せられる、ということは、どうでもいい相手である、という意味にちがいない。
僕は飛行機の説明を簡単にした。これがエンジン、これがプロペラ、これが機関銃、といった感じ。幼稚園児に単語を教えているみたいだった。
周りのみんなは理由を沢山用意する。この世は、うんざりするほど理由でいっぱいだ。ゴミのように理由で溢れている。人はみんな理由で濁った水を飲むから、だんだん気持ちまで理由で不透明になる。躯の中に、どんどん理由が沈殿する。
だから、最後には、自分もゴミになりたくなってしまう。

ご存知の方も多いと思いますが、スカイ・クロラはアニメーションで映像化されています。で、そのイラストを担当されたという鶴田賢二さんの感想が載っていたので紹介させていただきます。

無駄が全然ない。余計な描写が無い。言い訳も無い。本来必要だと思われる描写も無い。

説明のための説明をしない、という言い方はちょっと的外れで、説明を加えると壊れてしまうものを描きたいという方が近いかと思います。

スカイ・クロラのこと 鶴田謙二

全くもっておっしゃる通り。100%同意なので付け加えることは何もないんですが、せっかくなので私の言葉でも賞賛させていただきます。

子供に「究極の白米」の美味しさはわからない

子供の頃って、白飯だけじゃ物足りないんですよね。デミグラスソースのたっぷり掛かったハンバーグと一緒に食べるから美味しいんであって、白飯だけなんて味しないし、ありえないんですよ。もうふりかけでも醤油でも何でも良いから、味の濃いものをぶっかけないと気が済まない。「超高級米と天然水を使ってふっくら炊いた究極の白米」より「冷凍食品のハンバーグ」なんですよね。

これが、多少なりとも成長して味がわかるようになると、この究極の白米のすごさがわかるようになる。あまり好きな言い方じゃないのですが、「経験やスキル」を多少積まないとわからないもの、味わえないものって、ホントにあるんだなーと思ったわけです。

いきなり何の話だって思いました? すみません。つまり、この森博嗣さんの「スカイ・クロラ」という作品は、わたしにとっては「究極の白米」なんです。

こういう作品をキレがあるって言うんでしょうか。ゴチャゴチャと理由を説明したり、伏線がやたらめったら張り巡らされていることもない。全編通して文章が洗練されいる。言い回し一つとっても、すごくお洒落でカッコイイんですよね〜

わたしは基本的にミステリ好きなので、予想を超えるどんでん返しやトリック、謎解きとかがない小説は、どうも物足りないなーと感じるタイプでした。昔、同作を読んだ時も「なんか、よくわからない話だなー」くらいにしか思わなかった。冒頭で出てくる「キルドレ」に関する謎にも、最後にはものすごい理由が明かされて、どんでん返しのドラマがあって納得のいく説明があって、というのを期待していたんですが、そういうお話ではなかったんです。でも、今だからこそわかるんですが、「スカイ・クロラ」にはそういう「装飾」はいらないんですよね。うーん、逆か? 装飾がないからこそ、良さが際立つ作品なのかも。

感動のあまりこんな記事を書き散らかしてしまいましたが、、

まだ読んだことのない人は是非!

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